第10話 1年たって…
文化祭当日。晴天の空、風もなく文化祭日和だ。私と司君は朝早くに出て、学校に着くとすぐに別れた。
9時を過ぎると、どんどんと他校生や、うちの学校の生徒の父兄、それからこの学校を来年受けたいらしい中学生とその親がやってきた。
一気に校内はにぎやかになった。そして、いつも静かな美術室も、今年は司君の絵を展示しているせいか、女生徒たちがひっきりなしにやってきていた。
受付をしている時間は、なんだかとっても恥ずかしかった。なるべく顔を上げず、おとなしく受付をした。
私の絵の前には、何人もの女生徒が集まり、
「藤堂君、よく描けてるね、かっこいいじゃん」
「これ、彼女が描いたんでしょ?よく描いたよね、彼氏の絵なんて」
と、話をしている。
ああ、早く受付、終わんないかな。そんな思いで、私は受付にいた。
そうして、美術部の受付を終えてから、急いで私は弓道部の模擬店に向かった。
あ…。なんだか、女生徒が群れてる。司君、今、焼きそば作ってる時間帯だよね…。
並んでいる列の後ろに並んだ。すると、前に並んでいる女生徒が、
「藤堂君が焼きそば焼いてるんでしょ?」
「ちょっとでも、話できないかなあ」
なんて、会話をしていた。
もしや、この女生徒たち、みんな司君のファンだったりして?
そういえば、今年は聖先輩のライブもないみたいだし、聖先輩、文化祭に顔も出さないって噂だったし、女生徒が群がるのは、司君のほうになっちゃったのかなあ。
だんだんと屋台に近づいてきた。前に並んでいた女生徒は、
「藤堂君。頑張ってね」
なんて、焼きそばを焼いている司君に向かって、話しかけている。でも、見事に司君はちらっとその人を見ただけで、返事も何もしなかった。
その子たちが立ち去り、私の番になった。
「焼きそば、一つ」
そう言うと、会計の係りをしていた川野辺君が、
「あ、結城さん。金はいいよ。藤堂に出させるから」
と私に向かって言ってきた。
「え?いいよ、悪いもん」
慌ててそう言うと、
「藤堂。焼きそば大盛りで」
と、川野辺君は勝手な注文をしてしまった。
「お、大盛り?」
無理。食べれないよ。
「そう。もう藤堂交代の時間になるから、2人で食べたら?」
川野辺君はにやつきながら、そう答えた。
う…。そういうことか。
「はい。焼きそば、大盛り…。って、結城さん?大盛り?」
作るのに必死だったのか、司君は私に今、気が付いたらしい。
「あ、これは、川野辺君が…」
「藤堂。もう交代の時間だから。それ持って、結城さんと一緒に食べてこいよ」
私がしどろもどろになっていると、川野辺君が横からそう言ってくれた。
「ああ、交代の時間か。そっか」
司君は手で汗をぬぐうと、後ろの机に置いてあったペットボトルと、焼きそばを持って、こっちに向かってやってきた。
「これ、川野辺のおごり?」
「まさか!あとで代金はもらうよ」
川野辺君にそう言われ、藤堂君は「な~~んだ」と笑いながら、私の隣に来て、
「向こうで食べよう」
とにっこりと笑った。
「うん」
嬉しいかも!司君、今日は朝からにこにこしてて、機嫌いいし。
「あ、そういえば、キャロルさんは?」
「部のやつらが案内してる」
「そうなんだ」
「2人、友達も連れて来てて、6人で行動してるよ」
「キャロルさんの友達?」
「うん。鎌倉で会ったよね?」
ああ、そういえば、いたっけ。
「そっか」
じゃあ、司君にキャロルさんがひっついてくることはないのかな、もしかして。
2人で中庭まで移動して、ベンチに座り焼きそばを食べた。
「美味しい。司君…じゃなくって、藤堂君上手だね」
「あはは。それ、俺じゃなくたって、同じ味になるよ?」
「そう?でも、美味しいよ」
「サンキュ」
司君は嬉しそうに笑うと、お箸を割って食べだした。
なんだか、一つの焼きそばを2人で食べるっていうのもいいかも。
「これだけじゃ、足りないよね?どうする?」
私がそう聞くと、
「う~~ん。あとで、校内回って、どっかに入って食べようか?」
と司君は、パンフレットを広げながらそう言った。
「うん」
嬉しい。司君と2人で回れるのが嬉しい。
「結城さん」
「え?」
「唇に青のりついてるよ」
げ!嘘。
慌てて、ハンカチを出そうとしたけど、
「ちょっとじっとしてて」
と司君が私の唇についた青のりを、つまんで取ってしまった。
ぎゃひ~~~。なんだか、恥ずかしい!
キョロキョロ。私は周りを思わず見た。でも、ベンチに座っているのはたいていがカップルで、それもみんなしていちゃついているから、私たちのことなんか誰も見ていなかった。
っていうか、私たちよりもずっと、いちゃいちゃしてるじゃないか。今まで気が付かなかった。彼氏に食べさせてあげてる女の子もいるし、彼女の腰に手を回している男子もいる。
「か、カップルだらけだね」
顔を赤くしながら私は、司君にそう言った。
「ああ、そうだね。それに文化祭って、異常にカップルが増えるんだってね」
「え?そうなの?」
「ダンスパーティで踊りたいからなのか、よく知らないけど。でも、その後、すぐに別れるカップルもいるとか…」
う…。そうなの?
「…と、藤堂君」
「ん?」
私たちは、大丈夫だよね。と言ってもいいものかどうか。
「なに?」
「ううん。そろそろ、行く?」
「ああ、そうだね」
司君は立ち上がり歩き出した。私も司君のあとを追って、ちょこちょこと歩き出した。
腕を組んで歩いていたり、手を繋いで歩いているカップルもけっこういる。でも、私たちはほんのちょっと間を開けて、歩いていた。
本当は手、繋ぎたい…なんて思いながらも。
なにしろ、家に帰るのも最近は遅くって、夕飯食べてお風呂入って、そんなこんなですでに11時になってしまうから、司君と2人の時間も持てていない。だから当然、2人でいちゃつくなんてことも、ずうっとしていないんだよね。
学校ではあんまり、話もしていなかったし、行き帰りも、江の島に着くと司君は寄り添ってくれるけど、手を繋ぐこともなかったし。
ちょっと、寂しいな。司君のぬくもり、ずっと感じていないかもしれない。
ううん。2人で校内を回れるってだけでも、幸せなことじゃないか!キャロルさんに邪魔されるかもと思っていたのが、そんなこともなくなったんだから。
って思っていたのも甘かった。
「司!ミツケタ」
校内に入るやいなや、キャロルさんに見つかってしまったのだ。
「モウ、焼キソバ終ワッタ?」
「俺の番は終わったよ」
「ジャア、一緒ニマワレル?」
「これから、穂乃香となんか食おうと思ってる」
「エ~~~!私、オ腹、モウイッパイ。食ベラレナイ」
「…じゃあ、友達と見て回ればいいじゃん。そういえば、弓道部の奴らは?」
「あ、焼きそばの係りの時間だからって、別れました」
キャロルさんの隣にいた人が、司君にそう言った。
「あ、そっか」
「キャロル、2人でいるところを邪魔しちゃ悪いよ。3人であとは回ろうよ」
「3人デ?ツマンナイ」
キャロルさんは、思い切り口をとがらせた。
「ジャア、司。ダンスパーティ、一緒ニオドロウ」
キャロルさんはそう言って、司君の腕に引っ付いた。
うわ。やめてくれ!それに、なんでキャロルさんが司君と踊ることになるのよ。
「キャロル~~。あれは、カップルで踊るんだよ」
「ウン。ダカラ、2人デ出ヨウ」
「司君の彼女は、穂乃香さんでしょ?キャロルは邪魔なだけだよ」
そう言われ、ますますキャロルさんは機嫌を悪くしたみたいだ。
「ツマンナイ、ツマンナイ、ツマンナイ!」
「キャロル。俺はダンスはできないから、踊らないよ。それにダンスパーティは、うちの生徒しか出れないんだ。どっちにしてもキャロルは出られないよ」
「エ~~~~~~!パンフレットニ、ダンスパーティガアルッテ、書イテアッタカラ、楽シミニシテイタノニ」
キャロルさんはそう言うと、また司君の腕にべったりとくっついた。
なんで、そこでくっつくのよ。ああ、ちょっと暗くなるどころか、腹が立ってきたかも。
「司君、行こう…」
私はキャロルさんが引っ付いていないほうの司君の手を、引っ張った。
「え?ああ、うん」
司君はキャロルさんの腕を振り払い、
「じゃあな。あんまり友達を困らせるなよ、キャロル」
とそう言って、歩き出した。
「司ノバカ!」
キャロルさんが後ろからそう大声で言った。司君は後ろも振り向かず、
「はい、はい」
と子供をなだめるように答えた。そして、私の手を取って、どんどん歩き出した。
料理クラブがやっているというお店に入った。そして空いている席に座ると、
「藤堂君だ。やった~~~」
と言う声が、周りから聞こえてきた。
「私が注文、聞きに行く」
「私が行く!」
どうやら、料理部の女の子たちが、もめているようだ。
「結城さん、何食べる?」
「あ、えっとね。カレーでいいかな」
「ここのカレー、辛いよ。去年入ったけど、かなり辛かった」
「え?そうなの?じゃあ、ホットドッグでいい」
「何飲む?」
「アイスティ」
「すみません、ホットドッグを二つと、アイスティとアイスコーヒー」
司君はまだもめている、料理部の女子たちのほうに向かってそう叫んだ。
「え?あ、はい」
料理部の女生徒は、それを聞いてちょっとがっかりしていた。
でも、数分後、
「私が持って行く」
「私が!」
とまた、もめている声が聞こえてきた。
「俺、持って来るよ」
司君はそう言って席を立ち、トレイごと女生徒から受け取って、また戻ってきた。
「はい」
「あ、ありがとう」
お皿やコップを机に置くと、またトレイを返しに行き、司君は何事もなかったように無表情な顔で戻ってきた。
「モテてるね」
「え?」
「藤堂君」
「…なんだか、周りがうるさいよね。ごめんね?」
「え?ううん。私は別に…」
だけど、去年のことを考えたら、すごく変な気分だ。司君は、女生徒に名前だって知られていなかったし、私だって知らなかった。
聖先輩のライブを見に行く女生徒たちがいっぱいいて、聖先輩が校内を歩くだけで、みんなが目をハートにしてみていた。
あ、でも、彼女連れて歩いていたから、ショックを受けた子たちもいっぱいいたんだっけ。だけど、今年はそんな聖先輩もいない。
そして、司君が騒がれる立場に立っている。
「いいな、藤堂先輩の彼女」
後ろのテーブルから、そんな声が聞こえてきた。
「ダンス、2人で踊るのかな」
「藤堂先輩と?いいな~~~」
丸聞こえだ。でも、司君は相変わらずのポーカーフェイスだ。
「キャロルには、ほんと、まいったよな」
突然、司君がぽつりと言った。
「え?」
「あいつ、ほんと、わがままでさ」
「わがままな子、嫌い?」
「……」
司君は私を見た。
「あいつの場合は、度が過ぎる」
「そ、そっか」
わがままな子が嫌いって言われたら、もう何もわがままなこと言えなくなっちゃうって、ドキドキしちゃった。でも、度が過ぎなかったらいいのかな。
「……」
司君がじいっと私を見ている。
「な、なに?」
「もしかして、ダンスパーティ、出たい?」
司君がかなり声のトーンを落として聞いてきた。
「え?ううん。出たくないよ。チークダンスなんて恥ずかしいし」
「…だよね」
「え?藤堂君は…」
「俺も苦手。ただ、どうしても結城さんが出たいって言うなら、覚悟決めようかなって、ちょっと今思った」
うそ!
司君とチーク?べったりくっついて踊っちゃうの?
うわ。想像しただけで、顔から火が出そうになった。
「む、無理」
「え?」
「やっぱり、恥ずかしすぎる」
「ブッ」
え?なんで司君、ふきだしたの?
「顔、真っ赤だ。今、なんか想像でもした?」
「う、うん。踊っているところを」
「はは…。そうなんだ。それで、無理だって思ったの?」
「うん」
クスクス。
司君は静かにしばらく笑っていた。
「やっぱり、いいね。結城さんって」
「え?」
「そういうところが、いいなって思って」
どういうところ?
「キャロルとは、正反対だよね」
……。
司君はまだ、くすくすと笑っている。でも、私は何となく気持ちが沈んでしまった。
なんで、いっつもキャロルさんと比較をするんだろうか。
もし、本当は踊りたいってわがままを言ったら、どうするのかな。
私はキャロルさんみたいに、素直に言えないだけで、やっぱりわがままなんだよ?甘えたいのに甘えられないでいるだけで…。
でも、素直に甘えたら、司君は困ったり、嫌になったりするの?
それとも、それでもまだ、キャロルさんと比較するの?
そうして、もし、キャロルさんのほうがいいなって思ったら、どうするの?
やばい。また暗いほうへと考えが及んで行く。今は、司君と2人でいられて、嬉しいはずなのに。
「これから、どうしようか」
「うん。いろいろと、回ってみたいな」
「わかった」
私たちは、料理部を出て、一階から校内を歩き出した。
司君はもう、手を繋いでくれなかった。私からも司君にひっつくことはできなかった。
夏、2人で海に行って、手を繋いで歩いたっけ。ううん。私、腕も思い切り組んだよね。司君にくっついていたくって、そんな大胆なこともしていた気がする。
でも、最近、なんだか躊躇してしまってる。なんでかな。司君も、本当にキスさえしてくれなくなったし。
甘かったあの時間はなんだったんだろう。
ううん!だから、2人でこうやっていられるだけでも、幸せじゃないか。私!
司君が私に話しかけてきた。私は笑顔でそれに答えた。司君も嬉しそうに笑った。
ああ、そうだよ。これだけでも、幸せなんだよ。私、贅沢になっているんだよ。
「美術部、見て行く?藤堂君」
「いい。結城さんの絵、見たいけど、やっぱりこっぱずかしいし」
「…そうだね。なんだか、私の絵を見に来る女生徒も多いし」
「へえ。すごいね。結城さんの絵、上手だもんね」
「違うよ。藤堂君を見に来てるんだよ?」
「え?」
「弓道している藤堂君って、やっぱりかっこいいって言って、目をハートにしながら見ていってたよ」
「…」
あ、司君、絶句している。
「でも、実は受付していて、私も恥ずかしかった」
「え?なんで?」
「だって、みんなこれは、藤堂君の彼女が描いたんでしょ?よく彼氏の絵なんで描けるよねって、言っていくから」
「…そうなんだ」
「自分でもそう思うし」
「え?な、何が?」
「藤堂君の弓道している姿に、本当に惹かれたの。描きたいって心から思ったし。だから、描いたことは後悔してない。ただ…」
「うん」
「それをみんなが見るのは、恥ずかしいなって。彼氏の絵を描いて、展示してるのって、どうなのかなって…」
「………」
司君は顔をちょっと赤くして黙り込んだ。
「コホン」
軽く司君は咳払いをして、
「軽音のライブ、聖先輩でないけど、見に行く?」
と聞いてきた。
「うん」
司君とまた、ほんのちょっと間を開け、私たちは廊下を歩き出した。
体育館に着くと、去年の半分も人が集まっていなかった。やっぱり、聖先輩の人気はただものじゃなかったんだなあ。
「始まるね」
「うん」
司君は私のすぐ横に来た。ドキン。ちょっと接近して来ただけで、胸がときめいちゃった。
「去年、俺さ…」
「え?」
「半分も覚えてないんだ」
「何を?」
「文化祭の日を」
「…」
「告白するつもりで、学校に来た。朝からすごく緊張していて、どこを回ったかも覚えていない。弓道部は弓道のパフォーマンスをしたけど、それもほとんど覚えてないんだ」
そうだったんだ。
「結城さんに告白した後のことも、真っ白。弓道部の連中が慰めてくれてたけど、そんな言葉も聞こえてなかったと思う」
う…。そうなんだ。
「だから、今年はなんだか、浮かれてる」
「え?」
「隣に結城さんがこうやっているってだけで、すげえ、浮かれてる」
そうなの?!
「何度もにやけそうになった。俺、大丈夫だった?顏、ちゃんとポーカーフェイスになってた?」
「…うん」
「そっか…」
うそ。そうなの?ずっと浮かれてたの?私がキャロルさんとのことで、暗くなったり、手も繋げないからって、落ち込んだりしていた時に、司君はずっと浮かれていたの?
あ、そういえば、朝からにこにこしてたっけ。機嫌いいなって思っていたけど、浮かれてたんだ、司君。
「結城さん」
「うん」
「…隣にいてくれて、ありがとね」
「え?」
「…なんだか、今日はしみじみ思った」
「…え?」
「結城さんと、付き合ってるんだよなあ。結城さんが俺の彼女なんだよなあって」
「……」
「ごめん。なんだか、情けない話だよね?」
「情けないって?」
「去年のこと思い返して、今年はすごく嬉しい文化祭だなって感動してるなんてさ」
え~~~~~!!!
司君はそう言った後、真っ赤になって下を向いた。そして、軽音部のライブでみんなが盛り上がりだすと、そっと私の手を握ってきた。
ドキン!
司君の横顔を見た。ポーカーフェイスを装っているけど、耳が真っ赤だった。
ああ、そうなんだ。司君はずっと、今日私が隣にいることを喜んでくれてたんだ。
胸がいっぱいになった。隣りに私がいるだけで、感動していてくれてたなんて。
ありがとうって言いたいのは私の方だよ。
繋いだ手から、司君のあったかい思いが伝わってきたような気がした。
ドキン。ドキン。私、もしかして、もしかすると、私が思う以上に司君に好かれちゃってるのかな。
こんな私なのに?
でも、今日はそれがなんだか、すごく嬉しく感じた。




