太陽から逃げる日
人里離れた山の奥、道すら手作り感しか感じないような場所で、男がひとり小型の重機を使って穴を掘っていた。
世界的なパンデミックとなった新型ウィルスによる感染症の影響で、日本ではキャンプが大いに流行した。
中には、山を買って自分専用のキャンプ地とした猛者もいる。
そもそも土地が二束三文どころか、『管理できないから、持ち主になってくれるならいくらか払う』と、まさかの売る側がカネを払う、というケースまであった。
今まさにユンボを使って崖に穴を掘っている男、中寺宏一もそのひとりだ。
彼は山を丸ごとひとつ購入し、前の所有者からは『祝い金』の名目で百万円を受け取っている。
『キャンプ場にでもするのかい? それとも、本当に林業でもやるのか?』
前の持ち主は少々訝しげにそう尋ねた。
前の持ち主は、いくつかの山を手放している。中には半笑いでヘラヘラと『いやぁ、てきとーに手ぇ入れてキャンプするんっすよ』と話していた者もいる。
山は、そんなに甘いものではない。
よほどのもの好きでも無い限り、樹を切り倒して切り株を掘り起こし、道を切り拓いて地面をならし、そこに建物を作ろうなどという酔狂な真似はしないだろう。
案の定、パンデミック騒動が一段落する前から、多くの山は人もまったく足を踏み入れることもなくなり、荒れ放題になっている。
ただひとつ、宏一が買った山を除いては。
「急がないと、もう間に合わないかも知れない……」
宏一は、ある日を境に変人と呼ばれるようになった。
突然、自分は令和15年から戻ってきた、タイムリーパーだと周りに語り始め、『備えるんだ、すぐに、今すぐ』と繰り返し訴えるようになった。
宏一が語ったのは『2年後に大規模な太陽フレアが地球を襲い、地球上から電気が消え失せる』というものだった。
電気が消え、通信が消え、ライフラインが丸ごと機能しなくなる。
そんな中起きたのは、略奪と暴動。そして、混乱した世界で唯一生き残った『電気製品』は、シールドで守られていた、核ミサイルだった。
令和14年、世界は核の炎に包まれる事となる。
宏一は核による第一次攻撃を何とか生き延びたものの、生き残った人類には既に国家も法もない状態だ。
必死で逃げ延びようとしたが、彼はたった一つの缶詰を奪うために、数人の女たちから滅多打ちにされ命を落とした――はずだった。
目を冷ましたのは、彼がまだ会社員として当たり前に働いていた、令和12年の1ルームの自宅であった。
サッカーグッズで埋め尽くされた、趣味満載の部屋だ。
誰も、彼のいうことを信じなかった。
ただ、噂がひとつ立ってからは徐々に宏一に近づくものと、利用しようとするものが増えていった。
サッカーくじを2回も当てたのだ。
宏一は、中学以降サッカーにのめり込んでいた。
データを分析するあまり、令和10年以降に関しては試合結果を全て記憶するほどののめり込みようである。
その記憶を利用することを思いつくまでに、そう時間は必要無かった。
宏一は知っていた。
シェルター建設を業者に頼めば、業者からシェルターの場所が外部に漏れる。
場所の情報が漏れたシェルターは、例外無く生き残った者たちによって襲撃をうけ、略奪された。
「誰にも知られちゃダメだ。誰にも教えずに、知られずに、作り上げないと、あと2年で」
プレハブ小屋を崖の前に持ち込んで、宏一はひたすら穴を掘り続けた。
分厚い岩盤で、非常に地盤も安定している山の中腹に入口を設け、米国から仕入れた『核シェルター建設キット』をたったひとりで崖に開けた洞穴に組み込んでいく。
「よし、穴はこれで充分だな。あとはこのキットを中で組み立てて、設備を設置して……臭う、本当なら業者にやらせたかったのに」
到底使い切れないような現金は、かなりの額を使っていた。
さらに、宏一はサバイバル術の講習にも通うようになっていた。
「ブッシュクラフトでもまだダメなんですか?」
「はい。本当にこう……何ていうか、文明から隔絶された、無人島でも生きていけるくらいの技術と知識がほしいんです」
「なるほど、まぁその、そうですね、お教えすることは出来ますけど、多分役に立つことはないですよ?」
「それでも構いません。お願いします」
サバイバル講師、と名乗ったのは元自衛隊第一空挺団出身の男だった。
宏一は生存に必要とされるサバイバル術を学べるだけ学んだ。
その教室で、宏一はある女と出会う。
「中寺さんと全く同じ事言ってたんですよ。お知り合いとかですか?」
そう講師が紹介したのは、身も知らない女だった。だが、女の目は、宏一とよく似ていた。
「たとえ世界が滅んでも生き延びられるような、そんな技術が欲しい」
女は悲壮な決意を匂わせる口ぶりで、そう語った。
「世界が滅んでも、ですか?」
「どうせあなたに言っても信じない」
取り付く島もない、といった口調で目を合わせようともしなかった女は、宏一の言葉に目を見開いて振り向くことになる。
「例えば、令和14年9月に太陽フレアが起きて、12月に核戦争が起きて滅んでも、ですか?」
「あなた! どうしてそれを!?」
「……あなたも、ですか? 何年前に『戻った』んですか?」
「私は、半年前よ……」
女は、三戸美由紀は、宏一と同じく、地獄で命を落として目を覚ましたら、太陽フレアの前に戻っていたのだという。
「三戸さん、あなたなら話して分かるかも知れない。今度来てほしい場所があります」
宏一は焦っていた。
ひとりでは工事を終わらせる事が出来ない。太陽フレアに間に合わない工程だったのだ。
山の中の工事現場に連れてこられた美由紀は、用意された物資をひと目見て、全てを悟った。
「で? 何をすれば良いの?」
「その前に、三戸さんの覚悟を聞いておきたいです。このシェルターは、4人が30年暮らせるように設計しています。広さは10人分ある。でも、現実的に入るとしたら2人が限界だ。その2人は僕と、あなただ」
「……つまり、他に誰かが助けを求めに来ても、見殺しにする覚悟があるかってことね」
宏一が頷くと同時に、美由紀も頷いた。
「あるわ」
返事はこの上なく短く、そして明確だった。
この日から、2人の作業が始まった。
洞穴の補強工事や下水の排水用工事、非常口、太陽フレアが落ち着いたあと、発電のための太陽光発電気に、泥水すら飲水に変えられるという米国製浄水装置も組み込んで行く。
分厚い岩盤とシェルターの外壁の間には、分厚い鉛の板で放射線すら防ぐようにシールドを施し、最後にシェルター本体を固定して入口扉のロックの動作確認まで済ませる。
大量の保存食と水、医薬品、消耗品や交換用バッテリーも大量に買い込んで運び込んでいく。
令和14年8月、ついにシェルターは完成した。
完全に外界から遮断された状態で、4人が30年生きられる設計である。
「間に合った……」
「中寺さん、もう時間が無いわ、入りましょ」
シェルターのドアが締まり、内側から厳重なロックがかけられる。
太陽で超大規模フレアが観測されたと言うニュースが報じられたのは、4日後のことだった。
今日のショートショートは、ディストピアというよりは「世界が崩壊する前日譚」みたいな感じで書いてみました。
超巨大太陽フレアが、世界から「電気」を奪ったらどうなるか? というフィクションです。




