99.
「アー、一応ノックはしましたがね。あの、ミルがそういう趣向であっても、俺は気にしないから。続けてくれていいから。でも、できれば昼食の有無だけ、今返事がほしいかなとは思う。邪魔して悪いけど」
先程船室まで案内してくれた、船員だった。
確かにお腹すいたかもしれない。
ミルというのは、ヨモルォスカの事か。
「趣向?ってなにが?」
ヨモルォスカがきょとんとした顔で問う。
「え?」
船員が一瞬驚いた顔になったかと思うと、それからものすごく哀れな目でヨモルォスカを見始めた。
あ、そういうことか。
今更気づいた。
「えーと、非常に言い難いんだけど……」
船員が言いよどみ、私の顔とヨモルォスカを何度も見る。
困ったな、女だとヨモルォスカが言ってしまうと、これからの生活がちょっとやり辛くなってしまうかもしれない。
せっかく自活への道を踏み出したのに、こんな軍との関わりが深い場所でバラされるのは、良くない気がする。
だけど自分から言うとなんだか、悔しい。
いや、別にいいんだけど。
気分的に。
「あー、お話の途中すみません。昼食、用意していただいていいですか?」
すごく棒読みだったのは気のせいだ。
「え?あ、はい。解りました。あの差し出がましいようですが、その、なるべく早めに誤解を解かれたほうがいい様な気がします。では、昼食が用意できましたら、また呼びに参ります」
船員は言うだけ言うと、そそくさと去って行った。
「え?あれ?なんだあいつ。俺おいてきぼりなんだけど?ピアちゃんどういう意味?」
本気で解らないというような顔をしている。
まぁ、実際に私を触って女だと確認済みだから、周りから私が男だと見られてるなどと考えもつかないのだろうなぁ。
「一部の方に、私は男だと思われていますので」
一応、説明しておく。
「ええ!?それはどこのまぬけだよ。普通に首とか腰とか胸ーはあれだけど、首とか腰とかみれば大体解るでしょ?相当観察力がないというか残念というか、女に全く興味ないんだな」
なぜ言い直す……
それに、以外と気づかれないんですよ、それが。
団長の呪いがあって。
「一応言っておきますが、騎士団団長がその筆頭です」
「一体何があって、そんな誤解を……」
理解に苦しむと、ポツリと呟いて考え込んでしまった。
いや、そこまで考え込まなくても。
それより、そろそろ名前を教えて欲しい。
私がそう言うと、今気づいたというような顔をした。
おい。
「あ、そうだった。ちょっとショックが大きくて」
はははと笑うと居住まいを正すヨモルォスカ。
「俺の本名はドミトリーだ。ヨモルォスカという偽名は自分で考えた。これでいいか?所で、こっちは名を伝えた。そちらの本名はなんという?」
ドミトリーの顔つきや話し方が、自分の本名を名乗った瞬間に変わった。
こちらが素か。
名前がスイッチのON/OFFみたいだ。
切り替え早いな。
「私は、琉生=多田。えーと男仕様の時はレイ。お察しの通りゴーストです」
「ルイ、か。いいのか?」
何がとは言わない。
ゴーストと宣言した事をさすのだろう。
構わない。
どうせここまでは、ドミトリーにも推測されている。
それに良く考えると、はっきりいってゴーストの事なんか、この国や生活している人々の何の役にも立たない情報群だ。
気をつけなければいけないのは、ゴーストを消そうと動いている人物だけだ。
ドミトリーはその点は心配しなくてもいいだろう。
今の所。
そう考えるとバンサーには悪い事をしたか。
ちょっとびっくりして思わず攻撃をしてしまった。
反省。