95.
狭い階段をエセ紳士に連れられて登り切ると、甲板に出る。
まぶしい。
何年か振りの海だった。
見事なブルーだ。
遠くで鳥が鳴いていた。
「アイエネイル・ピアは船酔いとかはしないのかな?」
そう訊ねられ、エセ紳士の方に向く。
私は、あまり船酔いとかはしない様だ。
人に聞く所のよると、弱い人は本当にダメらしい。
「ふむ、あいつは駄目みたいだが」
視線の先を追うと、甲板にへばりついてぐったりしている男がいた。
よく見ると、ヨモルォスカだった。
「全く、いい加減慣れればいいのに」
ぼそりとエセ紳士が呟く。
ん?知り合い?
少しだけ警戒を強める。
「あの、ヨモルォスカさんとはお知り合いですか?」
甲板でへばっている男を見ながら、問う。
「ヨモルォスカ?ああ、あいつとは付き合いが長いからな」
片方の肩をすくめて言う、エセ紳士。
付き合いが長い?
もしかすると、この船は軍の所有船?
改めてこの船を観察する。
漁船には大きく、軍艦にしてはシンプルだ。
ヨモルォスカが関わっているのなら軍関係かとも思ったが、船員の格好は騎士団みたいに揃いの服を着ている訳でもない。
だが、船員の教育は先程のやり取りも含め、行き届いているようにも感じる。
つまり、この船にいるのはならず者の集団ではなさそうだ。
軍の偽装船か?
それとも、ただの商船か?
「ん?ああ、俺たちはここ一帯を拠点にしている、貿易商だよ」
疑問が顔に出ていたのか、説明を始めるエセ紳士。
「こう見えても、結構手広くやっているからな。各国の知名度もそこそこあるんだ。何せ第一級って国からお墨付きもらっているからな」
その口調はどこか誇らしげだ。
私の手を引いて、端へ移動するエセ紳士。
水平線が見える。
壮観だな。
「そうですか。すごいですね」
相槌を打つ。
商船の方だったか。
「何故、貿易商に階級を付けるか知っているか?」
首を横に振る。
「商船に乗り込むには二つ道があるんだ。1つは直接商船に乗り込ませてもらう方法、もう1つは軍に入ってから商船に乗り込む方法だ。で、第一級というのは乗組員の9割以上が軍出身者である事が、貿易商船に関する国の規約で決まっている」
つまりこの船の船員は、ほとんどが軍人あがりという事か。
なるほど。
それで、長い付き合いね。
「第一級ともなれば、税やら何やら国から色々と優遇されるし、何よりも貿易するにあたって至れり尽くせりな環境が整うのも特徴の1つだ。ただし、国の有事の際には必ず国命に従うという、従軍規定にも縛られるがな。ようこそ我が艦へ、アイエネイル」
気配を感じなかった。
何だか自信を色々失くしそうだ。
何回後ろ取られるんだろう、私。
「あ、船長」
エセ紳士が、後ろの人物に気が付き声をかける。
どうやらこの船の船長らしい。
「艦長と呼べと言っているだろう」
「一緒じゃないですか」
船長?艦長が溜息をつく。
「まぁ、いい。よければ、落ち着ける場所で少しゆっくり話でもしよう、レイ殿」
ん?名前知られてる?
エセ紳士は、首をかしげていた。
「フィオル、お前はもう持ち場へ戻れ」
「了解」
エセ紳士もとい、フィオルさんが私に軽く挨拶して去って行った。
「色々聞きたい事もあるだろう。案内する」
そうして、艦長室へ向かった。
その際、ヨモルォスカを見たが、まだ甲板にへばりついたままだった。
相当ひどそうだ。