92.
仕方がない。
相手の舞台に立つしか、前へは進めないようだ。
この異世界で、あの名を聞いたことが非常に気持ち悪い。
私は今まで、ここでの生活は完全に地球から切り離して考えていた。
何のしがらみもない、流れるままの私でいられる特殊な場所。
日本でも比較的それに近い生活ができていたが、何だかんだいってしがらみとの縁は切れないものだった。
なので、ここでの生活も悪くないと思い始めたところに、よりによってこのしがらみの象徴とも言える名を耳にするとは……
「ピアちゃん?」
ヨモルォスカが私に呼びかける。
はっとして顔を上げる。
「いや、なんでもない」
軽く首を振って、答える。
「うん、いや攻撃に関しては俺は別にいいんだけど、ゴー」
その時、バンサーが体を起こす気配がした。
すかさず、2人とも体をそちらに向ける。
「ヨモルォスカ、一体」
ヨモルォスカが素早くバンサーの元に走り寄り、皆を言わせず拘束した。
私が手に持っていたロープをバンサーの手首にさっと巻きつけ固定する。
「な、ヨモルォスカ放せ!」
暴れるバンサーにバランスを崩しかけた私だったが、ヨモルォスカが片手で支えてくれた。
何とか転倒を免れる。
再度、手首にゆるみが無いか確認し、大丈夫だと判断しバンサーの手を放す。
「手際がいいな」
ヨモルォスカが感心した風に言う。
ちらっとヨモルォスカに視線を合わせるが、私は何も答えなかった。
「ヨモルォスカ、裏切ったな」
激昂するバンサーに、薄ら笑いを浮かべるヨモルォスカ。
「いやだな、俺は初めから裏切っちゃいませんよ、初めからね」
ニヤリと笑いながら、バンサーに言い放つ。
「ヨモルォスカ、きさ」
それに対してバンサーが怒りを覚え、何かを言おうとしているが話が進まないので遮る。
「そろそろいいだろうか」
言葉を遮った事で、私の存在に気づいたバンサーは、それ以上言葉を紡ぐ事が出来ず口をパクパクしていた。
「先程の話の続きをしよう。なぜあの言葉を知っていた?」
「話すと思うか?」
私の問いに、バンサーが反抗する。
「ピアちゃん、多分そいつが情報屋だからだよ。ここ最近集まってくる噂の中に、ちらほら混じっている単語だったからさ」
ヨモルォスカが、黙り込んだバンサーの代わりに答える。
そう言えば、バンサーの側近をしてたんだっけ。
「いつからだ」
ヨモルォスカに問う。
「ここ2ヶ月か3ヵ月位前かな?」
ちょうどここへ来た位の時期か。
この世界へ来たのは、私の意思でもなければ、他人からの命令でもない。
ならばどうやって、私の存在を知ったのか?
何が目的なのか?
「それで?バンサー。その情報を一体どこに売るつもりだったんだ?」
バンサーが目を見開く。
「それは、無いから安心しなよ」
どさりと言う音が、牢屋に響いた。
不覚を取った。
気配を感じられなかった。
後ろを取られた上に、気絶させられるなんて。
くっ意識が保てない。
そうして、目の前が闇色に染まった。