89.
ヨモルォスカが去って、一通り心の中で悪態をついた後、自分がしなければいけない事を整理し始めた。
基本的にまずしなければいけない事はと、縄を解く事だな。
うん。
かなり緩めにしてくれているので簡単に解けるとは思うが、普通女子にはまず無理だ。
もぞもぞと手首を動かしながら、縄を解く。
次に、先程ヨモルォスカが渡してきた物の中身を確認した。
布で包まれた物体は、鍵だった。
恐らく、ここの鍵だろう。
念の為に包んでいた布も、開いて確かめる。
ん?
判り辛いがこれは、ここの見取り図とおおよその見張り配置図か。
気が利くな。
先程大雑把に配置などを聞いたが、それでもこれは助かる。
薄明かりの中で、布に書かれた配置図を頭に入れて、さっと鍵と共に胸元に隠す。
さて、次はと……
次は、えーと。
……。
え、もしかしてオークションが始まるまで、私何もすることが無い?
やだ、どうしよう、すごく暇。
この場で出来る事は、筋トレ、太極拳、寝る、歌う、踊る位しかない。
で、前に囚人1号がいるので、寝る以外は全部却下。
残る選択肢が、起きるか寝るしかしかないのなら、寝ておくか。
てことで、寝ました。
どこでも寝れるのが、私の長所の一つです。
私が寝始めてから1時間と少し経った位に、看守と思わしき人物が来た。
「飯だ」
奇しくも、ここに来た時と同じメニューのご飯をもらった。
懐かしいな、この感じ。
お馴染みのパンとスープだ。
だけど、任務に就く前にナリアッテ達から無理やりご飯を食べさせられてるからなぁ。
なので、お腹は空いていない。
だが、次はいつ食べられるか解らないので、やはり食べておくべきだろう。
パンは固い上に、味はまずかった。
やはり城のものは、美味しい食材を使っていたのだろう。
同じ囚人食とは思えない。
それでもこれしか無いので、我慢してパンを無理やりスープに浸して飲み込むを、ひたすら繰り返した。
さて、縛られていたはずの私が、両手で食事をしてしまった訳だが、看守に対する言い訳が必要だ。
看守は私が縛られていた事実を、元々知らない可能性もあるが、万が一質問された時には説明が必要だろう。
ヨモルォスカに丸投げがいい案だと思うな。
悪魔がささやく。
うん、そうしよう。
解決解決。
頃合いを見て、スープのカップを回収に来る看守。
こちらを見る目が嫌な感じだ。
だが無駄口をたたかず去って行ってくれたので、安堵した。
看守が去ってから、再び暇になる。
ちょっと目が冴えて、さすがに眠れない。
どこでも寝れるが、いつでも寝れるわけではないのが難だな。
それにしても冷える。
考えてみたら、ここに来てから2カ月以上も経つのだ。
寒くなって当たり前か。
こちらの歴を習ったが、こちらに来た当初が、夏の終わりで今は丁度秋に当たるらしい。
なのでナリアッテも気を使って、私のインナーを暖かい物にしてくれた。
それでも石畳から冷気がジワリと伝わる。
スカート部分を手繰り寄せて、身体を丸めて何とか凌ぐ。
この年って冷えは大敵なのよ。
冬でなくてよかった。
心底ほっとした。
ちなみにこの国の冬は、あまり雪は降らないらしい。
素晴らしい。
真冬のモスクワみたいだったら、どうしようかと本気で考えた。
その時に食べたアイスはおいしかったが。
まぁ、そのアイスは考えると逆に寒くなるので置いておいて、ここには季節があるという事で地軸が傾いている事が判った。
って、この知識何の役にも立たないし。
それにしてもあえて地球の事は考えずに今までやってきたけど、こう何もしない時間があると色々思い出すものだ。
仕事の事とか、仕事の事とか、仕事の事とか……
私の人生仕事しかなかったなぁとか。
それでも1人でいると、帰りたいとか思う。
この国ほど空気きれいではないし、この国ほど景観もきれいでないけど。
帰れる基盤があって1年以上離れるのと、帰れないかもしれないと思いながら2カ月過ごす。
どちらが負担かなんて、考えるまでも無い事だ。
この心の負担は、私にとってやはり大きかったのだろう。
ここの冷えのように、ジワリと体にしみ込んでいたのかもしれない。
今まで故郷なんて無いような生活をしてきたくせに、数年間日本に住んだだけで故郷のような心の拠り所みたいなものが、私にも出来たのだな。
きっと、あの国に落ち着くことが出来たのも友人のおかげだろう。
あの人を食ったような笑顔が無性に見たくなってきた。
どうやら、柄にもなくホームシックになっているようだ。
天つ星道も宿りもありながら 空に浮きても思ほゆるかな
ふと思い出した歌が、今の自分の様に感じてならない。