85.
扉が開くと、先ほどの男と交渉役が入って来た。
「やぁ、久しぶりだね」
交渉役が、両手を広げながら鷹揚に挨拶をした。
どうやら、ユメノシュコーさんとは会った事がある様だ。
「長らくご無沙汰してしまい、すみません」
「いやいや構わないんだよ。前回はお互い、いい取引だったと思うしね」
交渉役が、ニヤニヤ笑いをしながら言う。
「ええ、私もそう思います」
ユメノシュコーさんも、にやりと笑い返し返事をした。
「そういえば、母上は元気かね?」
「ええ、元気すぎて困る位ですよ。この間なんか小さな虫が出たと大騒ぎして、結局殺したんですが、後になって虫じゃない事が判ったんですよ」
大袈裟な仕草で言う、ユメノシュコーさん。
先程までの態度と、一変している。
役者だ。
「ほぉ、何だったのかね」
交渉役はあごに手をやりながら、少し考える素振りをした。
「実は叔父だったんです」
ユメノシュコーさんが、一瞬だけちらと私の方を見て言った。
交渉役も、ちらりとこちらを見る。
「くっくっ。それはまた。ますます精力的な感じだな。そのまま健勝でいてくれたら、こちらも嬉しいよ」
大きくな体を揺らしながら、心底おかしそうに笑う交渉役。
「そう母に伝えておきますよ」
にこりと笑む、ユメノシュコーさん。
どうやら、相手の気を引く事には成功したらしい。
「ふむ、ではそろそろ本題に入ろうか」
交渉役が、一転して真面目な顔をする。
獲物を狙うハイエナの様だ。
「そうですね」
ユメノシュコーさんがひとつ頷き、話し出す。
「もう既にお気づきの事とは思いますが、実は次回のショアイアに私どもも参加をさせて頂きたい、と思いまして」
ショアイアは、確か闇オークションの事だと資料に書いてあったな。
「ふむ」
続きを促す、交渉役。
「で、もちろん、ただでとは申しません。土産もこの通り持参いたしました」
ユメノシュコーさんが、こちらに笑顔で振り向く。
嫌そうな顔をしたら、一瞬傷ついたみたいな目になった。
ちょっと待って、違うから演技だから。
「ほぉ。これはまた」
交渉役と案内役が、こっちをじっとりとした目で見る。
今度は本気で、嫌そうな顔をした。
自然に出来た。
「ちょうど没落した貴族がおりましてねぇ。食うに困っていた所を、お助けしたのですよ」
「ははは、それは良い事をなされましたな」
交渉役が、にやけ気味に言う。
「何を!」
私が声を上げれば、隣の隊員に口を塞がれる。
なおも言い募ろうとしたら、羽交い絞めにされた。
振りほどこうと、頑張るふりをする。
「なかなか、活きが宜しいですな。なるほど、解りました。ジオレガ商会には、前回の件もありますし。それに貴方は運がいい。ちょうど次回に空きが出ましてな、その枠に滑り込ませましょう」
「おお、それでは?」
交渉役が頷く。
「ヨモルォスカ、紹介状を持ってきてくれ」
「かしこまりました、一度失礼します」
ヨモルォスカとやらが、礼とともに出口に向かう。
その際に、目が合いニヤリと笑われた。
「それで、その娘の詳細をきいてもいいかね?」
「はい、ピアクィカ=ウェイ=グアオイエ=グ-リルクェン。グアオイエ=グ-リルクェンの次女です」
待ってましたな感じで、ユメノシュコーさんが説明をこなす。
「元グアオイエだったな。確か何かの研究に明け暮れているという、変り種の」
「良くご存知で」
「なるほど、あれでは確かに食うに困るだろう。やはり没落したか」
ユメノシュコーさんが頷く。
「元貴族か。悪くない。今、紹介状を用意させている。明日の夜、その紹介状に書かれた場所まで来てくれ。連絡員にそれを渡す際、明るい月と言ってくれればいい」
ちょうどいい所で、紹介状を持ったヨモルォスカが入ってくる。
その紹介状に、サインを入れる交渉役。
「これでいいか?」
「お手を煩わせて、すみません」
サインを確認した後、ユメノシュコーさんは礼を言う。
「いや、構わんよ。ジオレガ商会なら、何時でも歓迎だ」
鷹揚に笑い、頷く交渉役。
「これからも、良しなに」
ユメノシュコーさんは、紹介状を懐に入れると立ち上がり、その交渉役とがっちり握手を交わした。
「それでは我々はこれで」
「あぁ、ヨモルォスカ、彼らにお見送りを」
交渉役がヨモルォスカに指示を出す。
案内役のヨモルォスカが、肩をひょいと上げる仕草をしながら短く返事をし、ユメノシュコーさん達を外に促す。
それに従うように、隊員達が続く。
去り際、隣の隊員には肩を叩かれ、もう一人が背中をこっそり叩いて行った。
ユメノシュコーさんは、一瞬だけ私と目を合わせエールを送ってくる。
大丈夫、私には終わった後の楽しみが待ってますから!