79.
皆が去った後、副団長は暫く動かなかった。
ようやく何かがまとまったのか、口を開く。
「ルイ、俺はまずは謝らないといけない」
ぼそりと話し出す副団長。
さっきまでの堂々とした表情とは、全く違う。
どこか苦しそうな表情をしている。
うわーこれは、女殺しな。
「すまない、ルイ。言い訳にもならないが、閣下いや、団長からこの話を聞いたとき、俺は強く反対した。それこそアリーオのように、誰かを雇えばとか訓練もまだだとか色々反対意見を並べ立てたが、ことごとく却下されてしまった。実際隊員の中で上手く女に化けれるのは、お前だけだからな。恐らく決め手はそこだろう」
そりゃあ、本物ですから。
先を促す。
「今回の任務は危険を伴う事が予測される。ルイにとって辛い選択も迫られるだろう。だが、潜入中は一切誰も助けに入れない。それに……」
何か言おうとして、口を開けたり閉めたりを繰り返す。
言葉が出ないのか、表情は苦しげだ。
副団長は、そのまま両手で自分の顔を隠してしまった。
だから私は言った。
私は任務を受けた時点で、どんな事を命令されてもいいように覚悟を決めている。
例えそれが理不尽な事だったとしても。
だから、そんな顔をしなくてもいいよと。
ただ、行って来いと。
初めから、それだけを言えばいい。
また、ここに戻ってこれた時に、いつものように接してくれさえいればそれでいいから。
だから、そんな顔をしなくてもいい。
私はもう、覚悟を決めている。
と。
「……そうか。もう、ルイは騎士団員なのだな……」
深いため息をついて、副団長は顔を上げる。
それからまたポツリと話はじめた。
「今回行く場所は、現在人身売買を行っている元締めのところだ。潜入隊員は闇売人に成りすまし、今度行われる、会員制の競り市に潜り込んでもらう。ルイを元手に参加権を得る予定だ。身元の裏がしっかり取れる者と入れ替わってもらうので、疑われる事はないだろう。身体検査はないはずだが、あまり言い噂のないところだ。恐らく……」
しっかり頷く。
言いたい事は解った。
あまりに辛そうなので、代わりに私が言う。
「別に初めてではないので、大丈夫です」
副団長は大きく目を見開いた。
「任務優先なのは解っていますので、何が起こっても暴れたりはしません。作戦の妨げにならない様、大人しくしていますので安心して下さい」
と言うと、先程よりさらに悲痛な表情になった。
安心してと言ったのになぜ?
「……そうか」
副団長の絞り出すような声音が非常に重く、私はこれ以上何も言えなくなった。
沈黙が部屋に降りる。
「くそっ」
突然拳を机に叩きつけた副団長。
積み上がった皮紙がばさりと崩れ落ちる。
私はとっさに拾おうとするが、落ちたと同時に立ち上がり、こちらに向かってきた副団長に呼び止められる。
「ルイ」
呼ばれたので顔をあげると、切なげな顔をした副団長と目が合った。
かと思うと、そのまま腕を引き寄せられキスをされた。
え?
えー???
あーすみません、出来ごころでつい…