77.
「で、なぜ君は騎士団に入ろうとしている?」
廊下全体が、一気に気温が下がった。
ような気がした。
後ろの2人が、身を強張らせる気配がする。
「なぜって、先ほど陛下に説明した通りなのですが……」
でも、聞きたいのはそこじゃないんだろうなぁ。
どうやって、説明しようか。
「就職を探していて、たまたま騎士職の応募を知ったから騎士団に入団しようと思ったんです。侍女職も考えたのですが、条件がそろわなくて断念しまして」
ここらはさっき、国王に説明した通りだ。
城下に降りて働くにしても、所持金0の私に生活基盤がない。
となると住み込み、食事つきの職を探すしかなく、字もよく判らない異国人である私にまともな職はつけないと考えた。
だが、幸いな事に条件さえ揃えば、騎士職・侍女職にはなれそうだった。
理想は、市井に混じってひっそりと暮らすことだが、生活がかかっていれば望まない職でも何でもしますって事で飛びついた。
まぁ、一定額が貯まれば退職する手もある事だし、当座は自立するために、資金集めだ。
「そのまま何もしないでも、衣食住の保障はあったのに」
宗谷英規の言葉に、驚いた。
彼の口からそんな言葉が出てくるとは。
「保障って……本気で仰ってますか?例えばの話ですが、宗谷さんが社長とだったとして、何か社でトラブルが発生した時に、その社の使えない人間をいつまでも置いておきたいと思いますか?給料を払いたいと思いますか?デメリットしかない人間を、いつまでも社に置いておく意味は?」
宗谷英規がハっとした顔でこちらを見た。
なんとなく意味が通じたようだ。
義理や人情だけで世の中丸く収まるなら、誰も苦労なんかしないんだけどねぇ。
はぁ、世知辛い。
「それは……ないな」
宗谷英規は、即答した。
今後経営を預かるかもしれなかった人材だ。
迷いなく答えた。
人件費には金がかかる。
余剰人員を削減できるなら、それに越したことはない。
しかも使えない人件なら、なおさらの事だろう。
例え社に余裕があったとしても、この乱気流経済を乗り切るには、余計なものは抱えない方がいい。
何が起こるか判らないからだ。
だが、会社での事ならクビですむ話だけど、今の私の状況は下手をすれば絶命、監禁、逮捕と不安要素がわんさかあるのだ。
何も知らない振りして、のんびり過ごすなんてとてもじゃないけど、出来やしない。
だから素性を隠して、騎士なり何なりなってやり過ごそうと思っていたのだが、なぜか国王にまで知られるはめになってしまった。
「でしょう?今の私の状況は、正にその使えない社員なんですよ」
少し自嘲気味に嗤ってしまう。
「すまなかった。そうか、そこまでは思い至らなかった」
まぁ、状況が似ているから、まさか私が宙ぶらりんな状態にいるとは、考えなかったのだろう。
「いえ、謝る必要はありませんよ。宗谷さんだって、凄く大変な思いをされてると聞いていましたので。それこそ馬車馬の如く扱き使われていると」
くすっと笑って、努めて明るく言う。
せっかく、おいしいお酒を飲んだのだ。
後味はいいほうが良いに決まっている。
ふと、宗谷英規の顔を見ると、どことなくげっそりしていた。
これは相当、ファインさん扱き使われていると見た。
「それに比べて私ときたら、今までのんべんだらりと過ごしていたわけで、実はこちらの方が申し訳なくて」
それは本当。
ナリアッテから、宗谷英規の近況を聞いていて、何もしていない事に少しだけ罪悪感があった。
「それも、もう終わりです。仮入社?と言いますか、内定が決まったみたいで」
一応、心配してくれているようだし、報告だけしてみた。
「だが、騎士団は危険だと思う」
宗谷氏は意外と心配性?
冷たい雰囲気のある人なので、他人を心配するような感じを受けなかったのだが、案外他人の事に気を使うタイプなのかもしれない。
「宗谷さん、そうそう危険な目には遭いませんよ」
そんなしょっちゅう危険なんてあってたまるか。
戦争をするとか、テロがあるとかそういった話もないみたいだし。
今日国王から聞いた話でも、内乱は起こるかもしれないが、主犯がどうも張り合いのなさそうなタイプみたいだし。
ここは、概ね平和な国みたいだし。
「なぜそう言える。昨日の事のような事が又あるかも知れない」
確かに、そういった事はあるかもしれないが、新人が国王の傍で護衛とかする確率って0に近い様な。
まぁ、昨日はたまたま目の前で起こったけど、あれって完全に国王自ら襲わせていたところもあったりなかったり?
何だかそんな気がしてきた。
「そうかもしれません。ですが、宗谷さん、私の前の職業知ってるじゃないですか。結局、なんだかんだ言っても、慣れた職が巡って来るもんなんですよ」
慣れない職に就いている、宗谷氏には申し訳ないが。
「……そうか」
それっきり、宗谷英規は黙ってしまった。
沈黙の降りた廊下を黙々と歩き続ける。
やはり夜も遅いとあって、廊下の寒さがジワリと身に凍みてきた。
そして、歩くこと数分、馴染みのある区画に到達した。
私の部屋に到着する。
「宗谷さん、送っていただいてありがとうございます。それでは、お休みなさい」
宗谷英規に、笑みを浮かべながら挨拶をする。
「あ、ああ」
ポツリと宗谷氏が言うと、私の顔をじっと見つめた。
え?何?
どうにも居心地が悪くて、体を翻して部屋の中に入ろうとしたその時、腕を掴まれた。
体が引き戻される。
「え?」
思わず宗谷英規の顔を見た。
少し酔っているのか、潤んだ目をしており、とても色気のある悩ましい表情でこちらを見ている。
はー、無駄に色気のある男って性質が悪いのよね。
こういう無防備な顔をするから、女の子が勘違いするんだよ。
そんな事を考えながら、じっと見ていると宗谷英規の目が少し泳いだ。
「あ、いや、すまない」
そう言って、腕を放す。
かなり困惑しているようだ。
昨日でもそうだった。
お酒を飲むと、宗谷英規は言動がおかしくなる。
一つ学習した。
「あはは、酔っているとたまに意味不明な行動をする事ってありますよね。私もよくあるんですよ。気にしないで下さい」
「……そうか」
複雑な感情がないまぜになった様な顔をしながら、ぽつりと呟いた。
「はい。宗谷さん、私はそろそろ休みます。お休みなさい」
ヴォイドにもお休みと言おうと顔を向けると、寄宿舎で見た様な冷気を撒き散らしていた。
え?何か怒らす様な事したっけ?私……
あ、ごめん。
時間外労働させてた。
早く入らなきゃヴォイドは休めない。
う、寒気が止まらない。
早く中に入ろう。
そうしよう。
「ヴ、ヴォイド、それからそちらの彼も護衛お疲れさま。それからありがとう。お休みなさい」
言ってから、即行中に入った。
普段怒らなさそうな人ほど、静かに怒りが出てくるから非常に怖い。
今日は色々あったなぁ。
よし、寝よう。