73.
「っいっ」
正直に言おう、私は馬鹿だ。
よりによって、何故右手で掴もうとしたんだろう?
無意識って怖い。
「ルイ様!?それ程痛むのですか?」
どうやら、ヴォイドがこの場に留まってくれる様だ。
寄宿舎にでも戻って、再度過剰報復行動をされては困るから。
ヴォイドって、思っていたより沸点低いんだな。
これからは、怒らせない様に気をつけよう。
「いや、急に動かすと痛むだけなので、動かしていない今は何とも無い。別に医者を呼ぶ程でも無いんだけど」
と苦笑しながら今の状態を説明すると、ヴォイドに睨まれた。
「駄目です。きちんと医者に見せるべきだ」
もう一度肩を入れ直せば治るけど、心配させているのでこれ以上は何も言わない事にした。
それにしても、周りの侍女さん達は、まるで銅像の様に先程から動かない。
うっかり、存在を忘れてしまう程に。
流石と言うか何と言うか、王宮勤めの彼女達はきっと色々な意味で、プロフェッショナルなんだろうなぁ。
何もする事の無いこの時間を使わせているのが、非常に心苦しい。
そんな事をつらつら考えていると、ノックも無く扉が勢いよく開いた。
ナリアッテだった。
良かった扉から離れてて。
「お待たせしましたわ、ルイ様。侍医長をお連れいたしました」
「侍医ってもしかして、本来陛下や王族専属の医師か何かなのでは?そんでもって、侍医長は王宮中の医師の総責任者とかそんなのでは?」
「ええ。その通りですわ。侍医長は陛下専属の医師であり、宮廷内の医師団総括責任者でもあります」
にっこりと微笑むナリアッテ。
思わず自分の頭を抱えたくなった。
「何でそんな偉い人を連れて来たんだ、ナリアッテ。私にはそこら辺の駆け出し医師で十分なのに」
「ああ、ルイ様。その様な詰らない事に、悩んでいらしたのですね?確かに侍医長は王族専属ですが、ルイ様は陛下のお客様ですもの、こちらに来てもらって、何の問題もありませんわ」
しれっと言いますけどね?ナリアッテさん、それはきっと問題ありまくりです。
許可無く利用していい方では無いと思うのです。
「それに私、そこら辺の医師を連れてくる気は全く御座いませんわ。たとえそれが指先のどんな小さな怪我であっても」
きっぱりと言い放つナリアッテ。
その姿がどこか誇らしげなのは、目の錯覚だろうか?
もしかして、昨日治療してもらったあの人も偉い人?
「はい、先日は侍医長がおられなかったので、副侍医長に来ていただきました」
ちょっと待て、昨日の襲撃で怪我した人もいるだろうに、なのにそんな偉い人連れてくるとか。
たかがかすり傷だったのに。
こ、これからは、極力怪我をしない様にしよう。
怪我をしてもナリアッテにはバレない様にしよう。
何だかすごく大げさな事になる気がする。
ああ、遅れて入って来たこの人物が、侍医長なのだろう。
40代くらいで、渋みが出てていい感じな医者だ。
小さく、私みたいなのを治療をしても問題無いのか訊ねてみると、問題無いと笑って言ってくれて少しだけホッとする。
脱臼した事を伝えて、肩を入れたけど失敗したと言うと、少しだけ諌められた。
癖になるから、自分で肩を入れるのはやめなさい、との事だ。
もし今度同じ箇所が外れたら、医務室に来なさいと言ってくれた。
何だろう、すごく和むわこの人。
医務室に行ったら、きっと入り浸ってしまいそうだ。
「しばらくは、肩にこれを塗っておきなさい」
そう言って、掌サイズの装飾過多なガラス容器に入った薬を手渡された。
中に塗り薬が入っているらしい。
消炎剤か何かかな?
中身を確認する。
「はは、毒ではありませんよ。鎮痛効果の有る塗り薬です。念の為に2日程、塗り続けておいて下さい」
「あ、すみません。疑ったわけでは無かったんですが。先生、ありがとうございました」
そう言って頭を下げると、侍医長が少し驚いていた。
「あれ?」
「あ、いえ。返礼された事にびっくりしまして。では、あまり無茶はしない様に」
にこやかに、そう言うと侍医長が出て行った。
和む。
だが、和んでいる場合ではなかった。
何だか、ナリアッテ他、侍女さん達がこちらへにじり寄ってくる。
そう、又あれをされるんだ。
「では、ルイ様。私は外で待機していますので、何かあればお声掛け下さい」
ヴォイドが気を利かせて、外へ行こうとする。
ちょ、今だって、何か有るのは絶対今だって。
その思いもむなしく、ヴォイドが扉の外へ消えて行った。
「では、ルイ様。陛下とお会いになるのでしたら、お召し替えをしなければ」
そう言うが早いか、ナリアッテ達が準備を始める。
こうなったらなすがままだ。
まな板の上のコイでもカイでも、何でもなるしかないよね。
でも、肩を気遣ってか、どこと無く皆優しかった。
いつもその感じで、宜しくお願いします。
昨日の夜会で、団長に男だと言われた事を聞いた侍女さん達は、プロゆえにショックを受けていた様だった。
そのせいなのか、今日の侍女さん達はプライドをかけてヘアアレンジと装飾品に凄く気を使っていた。
これで絶対男には見えないだろうと、皆満足げだ。
昨日の様に、パブリックで男とか言われると流石に凹むので、今日の侍女さん達の努力は正直有難くもあった。
最後の仕上げに私がメイクをする。
のぁ、ファンデが後少ししかない。
これは、後数回で無くなりそうだ。
私の3分メイキングを、興味津津で侍女さん達にガン見される。
いや、そんなに見られると、手元狂うからやめれ。
私のメイクは、何の参考にもならんぞーと、一応言い訳しておく。
うん、これで誰にも男だとは言わせない。
と、意気込んで鏡を見る。
顔以外は、完ぺきに女性仕様だ。
これで男だと言われたら、自分の顔が原因だろう。
そうなったら、潔く諦めよう。
いつもより早めに、夕食が運ばれてきた。
夕食も国王と一緒かと思いきや、本当に食後の酒に付き合うだけらしい。
今日はどんなお酒が出るのか、少しだけ楽しみだ。
そんな事を考えながら、食事を楽しんだ。
食べ終わった後、メイクと髪を少しだけ直していると、侍従長が迎えに来た旨を告げられた。
「では、ルイ様、行ってらっしゃいませ」
ナリアッテが、にこやかに送り出してくれる。
私は、ナリアッテに有難うを言ってから、部屋を出た。
扉の前では、少し目を見開いた侍従長が待っていた。
勢いよく扉を開けたから、驚いたようだ。
側にヴォイドがいたので声をかけて見たが、返事が無い。
しかば……いや、仕方がないので侍従長さんに向き直ると、呆れたようにヴォイドを見ていた。
今日は色々あったから、きっとヴォイドも疲れたんだろう。
そっとしておいてあげて下さい。
「陛下は執務室でお待ちです。ご案内いたします、アイエネイル・タダ」
そう言って歩き出す。
私も、侍従長の後に付いて歩き出した。