71.
暫らくすると、ウィルの荷物群が続々と届く。
だが、はっきり言って置き場所がない。
つまり、私達の居場所もないわけで。
結局、ウィルの荷物に追い出される形となった。
ウィルに、明日までに荷物の整理を頼んで、私はいったんファンシー部屋まで戻る事にした。
ジェイも、今日の夜は街に行くらしい。
彼も一旦荷物を取りに行くのかもしれない。
ジェイは去り際にこちらを一瞥してから、なぜか溜息をついて去って行った。
だから人の顔見て溜息吐くのは、止めなさいって。
廊下でヴォイドと話していると、先程扉を開けたウィルの侍従が荷物を持ってやって来る。
私に気付くと、一瞬固まり目を伏せる。
荷物一生懸命運んでいるからだろう、顔が若干赤い。
入口からこの奥までは結構距離があるので、あれだけの荷物を運ぶのは大変だっただろう。
自分の荷物ぐらい自分で運べばいいと思うのだが、貴族社会とはそういうものなんだろうな。
侍従の仕事も結構大変だ。
「扉、開けましょうか?」
両手の塞がっている侍従に、声を掛けてみる。
「……!あ、いえ。お手を煩わすわけには参りません。どうか、お気遣いなく」
いやいや、両手に荷物を抱えていてはこの扉は開け難いだろうに。
断られたが、それを無視して扉を開けた。
「もしまだ運ぶものがあるんなら、扉に何か挟んで閉まらないようにしておくといい」
「あ、ありがとうございます」
「気にしなくていいよ。ヴォイドそろそろ行こうか」
ヴォイドを促して、寄宿舎を出た。
ファンシー部屋に着くと、ヴォイドが私に声を掛ける。
「すみません、少し寄宿舎に忘れ物をしたようで、取りに行っても構わないでしょうか?」
忘れ物?
ヴォイドって何か持っていたっけ?
「う、うん。別に構わないけど?」
「ありがとうございます。すぐに戻ります。その間代わりのものが警護に付きますので。ただ、戻るまで部屋から出ぬようお願いいたします」
そう言うと、走って去って行った。
きっちり代わりのを寄こす辺りがヴォイドらしい。
まぁ、当然と言えば当然だが。
部屋に入るとナリアッテがいた。
ちょっとした罪悪感を感じながら、寄宿舎の方に移る旨を報告した。
怒るかな?
詰られるだろうか?
と、びくびくしていたのだが、返答は意外にもあっさりしたものだった。
「解りました。では、お荷物を今からお纏めしますわね」
拍子抜けをしていると、ナリアッテがくすくすと笑う。
「ふふ、ルイ様の考えておられる事、私、結構把握していましてよ」
ちょこんと小首を傾げる仕草は、とても可愛らしい。
ナリアッテだから似合う。
「騎士試験に合格なさったら、きっとこの部屋から寄宿舎へ生活を移されるだろうと、私、予測しておりましたの。合格おめでとうございます。ルイ様」
ナリアッテが、微笑む。
綺麗に笑うものだから、つい見とれてしまった。
「ありがとう、ナリアッテ」
素直に嬉しい。
「もしかしたら、怒られるんじゃないかと思って、ちょっと報告するのが怖かったんだよね」
「まぁ、私そんなに怒りっぽくありませんわ」
あはは、ちょっと拗ねてるところが、また可愛い。
「ごめんごめん。それはそうと、この部屋ってこの後どうなるの?」
「こちらの部屋は、ルイ様用に確保しておりますので、いつ戻っていらしてもご使用になれますわ。もちろん使用許可もとっておりますので、ご安心ください」
さすがナリアッテ、御見それいたしました。
この部屋の事まで対処済みとは……
ふむ、もしかすると、風呂問題はこれで解決するかもしれない。
風呂の時だけ、ここに借りに来るとかできないだろうか?
後で副団長に相談して、許可をもらっておこう。
「それより、ルイ様。その肩はどうされましたの?」
柳眉を顰めている、ナリアッテ。
そんなに顰めても、皺にならないなんて、とても羨ましい。
「ああこれは、さっき寄宿舎で肩をぶつけた時に破いてしまったんだ。ナリアッテごめんね。せっかく貸してくれたのに。縫って元に戻すから、後で裁縫道具貸してくれる?」
「ルイ様、その必要はございませんわ。代えなら、いくらでも御用意出来ますもの」
笑って恐ろしい事を言う。
よく考えたら、ナリアッテも貴族なんだよなぁ。
シャツの1枚や2枚、どうという事でもないのだろう。
今回は言葉に甘えて、次回から自分で何とかしよう。
「そっか。でも裁縫道具は宿舎に持っていっておきたいかも」
金の持ち合わせがない分、支給された服が破れた時は出来るだけ自分で何とかしたい。
「では、お荷物の中に入れておきますわね」
「助かる」
「ではルイ様、御昼食はいかがなさいますか?」
「貰っていいかな?それと、今日はここに泊るから、夕食もあると嬉しい」
「畏まりました。御用意して参りますので、暫らくお待ち下さいね」
そう言って、ナリアッテが出て行った。
取り敢えず待ち時間の間に、着替えと自分の持ち物をまとめる準備をした。
と言っても、この世界に来た時の持ち物だけなので、2分とかからなかったが。
そこへ、外から声がかかった。
「お知らせします。陛下からの御使いがこちらに。入っていただいても構わないでしょうか?」
え?陛下から?
何だろう?
「どうぞ、お入りください」
外の衛兵が扉をあける。
「お寛ぎのところ、失礼します」
完璧な礼をして使いが入ってくる。
「どうぞこちらへ、お掛け下さい」
私が使いに席を勧めると、少し困惑していた。
あれ?また間違えた?
「あ、いえ。伝言だけですので、立ったままで結構です」
「そう?で、陛下のお託とは一体」
「はい、申し上げます。"昨晩の約束通り、酒の席を設けよう。そなた等の話を楽しみにしている"との事です。御夕食後を見計らって、迎えに参りますので、そのお心づもりで」
ああ、そう言えば夜会でそのような事を言っていた。
まさか、昨日の今日だとは思わなかったが。
「解りました。お会いできるのを私も心より楽しみにしております。と、陛下にお伝え願いますか?」
「承りました。では、私はこれにて失礼いたします」
私が頷くと、使者が礼をして出て行った。
それと入れ替わるように、ナリアッテが戻ってくる。
「今のはもしかして、陛下の侍従長では?」
「へぇ、あの人侍従長なんだ。陛下からの伝言で、今晩、晩酌に付き合えってさ」
「まぁ、それは大変」
ナリアッテの目がキラーンと光った。
うっ。
又ですか?
又何かされるんですか?
次話は陛下と晩酌です。
それでは、次話にてお会いしましょう。