70.
「貴様の首を今すぐ胴からおさらばさせてやる」
誰をも凍らす、殺気と声音。
ウィルの体も、さらに大きくなったその殺気にビクッとなる。
その時にまた私のわき腹にも触れる。
「ひゃぁ……っいっ、ぁ……待……って、ヴォイド、待って」
ただいま腹筋に力が入らないため、いつもより声が出ておらず、なんとも気の抜けた声音になる。
ヴォイドを見上げると、今まさに剣を振り下ろそうとする姿があった。
本気だったのか。
ヴォイドの目線とかちあう。
彼の瞳が揺れた。
「ヴォイド、その物騒なのを鞘に入れて?」
ヴォイドにそう言うと、纏っていた殺気が霧散した。
そのおかげでやっと動けるようになったのか、もぞもぞとウィルが体を起しにかかる。
再びわき腹攻撃。
又ビクッとなる。
「……ぃあ……ぁ早……く……」
もう言葉が続けられません、力が入らずぐてーっとなる。
早く上からどいてほしい。
この際もう何でもしますから。
「っ!!やべぇ!俺便所行ってくる!!」
今まで鳴りを潜めていた、ジェイがトイレに駆け込んでいった。
よっぽどヴォイドが怖かったらしい。
私も怖かった。
急に体重がなくなったと思ったら、ドスンと言う音が聞こえた。
ヴォイドがどうやら、強制的にウィルをどかしてくれたらしい。
凄く乱暴だったのが気になったが、私はほっとした。
ヴォイドが私の体を起こしてくれる。
「いっ」
右の肩が痛む。
「やはりどこか怪我でも?」
さっきから右肩が痛む。
ブラーンとなった右腕を見て、ため息をつく。
やはり、脱臼をしていたようだ。
さっきのくすぐり攻撃は、私にとって波状攻撃だった。
弱点攻撃と脱臼に伴う鈍痛の2重苦。
右腕に負荷がかかる度に痛むものだから、くすぐったいわ痛いわで頭の中が大混乱だった。
「ちょっと、脱臼をね」
「なに!?くそ!」
「ヴォイド、軽々しく剣なんか抜いちゃだめだよ。いざという時に使い物にならなくなるよ?」
なんだか疲れて、声に力が出ない。
ヴォイドは、しぶしぶといった態で柄から手を離す。
やはり抜くつもりだったか。
私はベッド角を使ったりして、脱臼を元に戻した。
ヴォイドとウィルが、その様子を見て唖然としていた。
その顔がちょっと面白くて、笑ってしまった。
笑顔を見たためか、ヴォイドがほっとした顔をする。
ウィルもホッとしていた。
殺気が無くなったもんね。
「脱臼ぐらいで大げさすぎなんだよ、ヴォイド。これから怪我とか一杯するんだから、その度に殺気立ってたら身が持たないよ」
「え?いや、それは……いえ、もう、何でもないです。ええ」
なんだか溜息をつき、遠い目をし始めたヴォイド。
幸せ逃げるよ。
「それより君、こんな狭いところで暴れたら危ないだろ」
私は、ウィルにも一応注意をしておく。
「怪我人が出なかったからよかったものの。もし今度私を殴りたくなったら言え。もっと広いところで相手になるから」
ヴォイドが、思いっきり納得いかないという様な顔をしている。
間違った事言ってないよな?
「お前は、男なんだよな」
ウィルが確認してきた。
「・・・・・・」
あれだけの事されて、正直ばれたかな?と思ったのだけど、どうやら私の体は女の範疇に入らないらしい。
ものすごーく複雑だ。
本当に複雑だ。
団長の呪いか?
まぁ、男だと思われなきゃならないんで、誤解は解かないままの方が都合がいいのではあるが。
うう、複雑。
「何?私に惚れた?」
少しからかう位は許されるかな?
ニヤッと笑いながら言ってみる。
許せ、遊び心だ。
ないと解っているから、出来る遊びだよね。
「そう、惚れ……いや、違う。断じて違う。誰が」
「そうか……それは残念だ」
間髪を入れず、心底傷ついたという顔を作り、首を左右に振って両肩をあげて言ってみた。
プライドを傷つけたのか、これ以上ないというぐらい怒らせてしまった様だ。
ウィルの顔が赤くなり、口をパクパクさせている。
ちょっと遊びが過ぎたかな?
フォロー入れとくか。
「あはは。惚れるなんてないない。すまなかった、からかいが過ぎたようだ。それに、君が倒れたのも、元をただせば私のせいだし。全面的に謝罪するよ。申し訳なかった」
私は頭を下げた。
ウィルが狼狽している。
失礼な、私だって謝る事もあるよ。
「い、いいいいや、構わない。こちらも少々頭に血が上っていたようだ」
やはり、からかい過ぎて怒っていたようだ。
だが、プライドは高いけど、非を認める事はできるのは関心できる。
「じゃあ、お互い様だな」
にっこり笑うと、ウィルが何か考えている様で固まって動かなくなった。
PCのフリーズ状態だ。
面白いのでそのままにしておこう。
「それはそうとジェイは遅いなぁ。先程便所に行ったきり、戻らないんだが」
ふと、トイレに籠ったままのジェイが気になった。
よっぽどヴォイドが怖かったのか?
それとも大?
「・・・・・俺が覗いてきましょう」
ヴォイドがそう言って、トイレを覗きに行こうとする。
あ、トイレの原因が行ったら不味くない?
あの、殺気は怖かったし。
多感な年ごろだし、トラウマになったりして。
「ヴォイド、私が行くよ」
慌てて私はヴォイドを止める。
「え?あ、いえ、よした方がいいかもしれません」
「なんで?」
「ああ、すみません。それには……い……色々複雑な事情がありまして……とにかくレイはここに」
そんな事を言われたら、行けなくなってしまった。
何だよ複雑な事情って。
出てこない理由とか、ヴォイド知ってるのかな?
ヴォイドがトイレに着く。
扉を開けたと思うと、ジェイと何かを話し始めた。
聞き取りにくい。
「ジョアーグ。大丈夫ですか?」
「勘…してほ……よ。正直、理…飛んだ。あの…情と…が、やべぇ」
「もう、ああいう事態には陥…ま…んよ、というかさせません。ええ、断じて。思い出……ら腹が……てきた。俺でさえ、まだ…を…していないのに、くそっ」
「え?レ…は…な…だよな?」
「ええ、もちろんです」
「…だよな?そ…だ…な?」
「しまった、最近感情の制御ができなくて困る。とりあえず、…イは…です」
「……は…。レイは…。よし」
どうやら、会話が終わったらしい。
2人がトイレから出てくる、そして同時にため息をついた。
私の顔を見ながら。
何だろう、腹が立つなぁ。
「人の顔を見て、ため息つくって、失礼だと思わないか?」
ウィルに同意を求める。
が、返ってきたのはつれない返事だった。
「今ならあの2人の気持ちが解りそうだ」
まぁ、これから一緒に暮らすんだし、歩み寄ってくれるんなら問題ないんだけど、なんだか腑に落ちない。
70話目です。
ここまで見て頂いた方々に感謝を!!