69.
「ふん、お前ら庶民が同室か。これは先が思いやられるな。せいぜい私の足を引っ張らぬようにしてもらいたいものだ」
相変わらずこちらを嫌な目で見る、ウィロアイド。
うわー、嫌な空気。
「なっ!」
思わず飛びかかろうとしたジェイを、ヴォイドが止める。
「はっ、これだから庶民風情が」
ウィロアイドが、思い切り見下したような視線をジェイに向けた。
「離せ!ヴォイド」
ジェイがちょっと暴れている。
意外と血の気が多いのだろうか?
若さか、そうか若さか……
「はい、ジェイの負けー。先に手を出したら、終わりだからね。取り敢えず落ち着いてみようか?」
ヴォイドに羽交い絞めをされて、身動きの出来ないジェイの頭を撫でた。
和むなぁ。
て、私が落ち着いてどうするよ。
「なんでそこで頭撫でるんだよ……」
軽く項垂れているが、暴れる気配はなくなった。
効果があった様だ。
「全く騒がしい事だ。ああ、これだから庶民はいただけない。それとも、それが庶民たる所以なのか。これからひと月、この者らと付き合わねばならんとは、なんとも不運な事よ」
だったら、部屋変えてもらえば……
でも、なんだか面白そうなので助言はしない。
「ウィラードもさ、いちいち人を怒らすような発言は控えようよ。どう見ても、この狭い所で3人に喧嘩を吹っ掛けるのは、得策じゃないって判るだろ?」
「ウィロアイドだ!ふん、名前も覚えられないのか、庶民というのは」
「それは申し訳ない。わざとだ、ウィロアイド=リジェン=ケウェオ=ケナンヴェマ。名前が長すぎてどうも呼びにくい。長いからウィルと呼ぶ事にするよ」
と私が言うと間髪をいれず反論してきた。
「貴様に呼ばせる名などない」
あーもう面倒くさい奴だなぁ。
「あそ。全く面倒な。1月だけなんだから、ウィルでいいじゃん」
「……貴様……この私を愚弄するか!!」
ボソっと呟いたのが聞こえたのか、怒り出す。
本当、皆若いよね。
これくらいの事でいちいち怒っていたら、この先やっていけないよ?
ウィルが勢いで私を殴ろうとするが、私はすかさず躱した。
だから、なんで狭いところで殴ろうとするかな?
少し考えてみたら、どうなるかとか判るのに。
このままだと、ウィルが倒れそうだったので、躱した時に倒れないよう軌道を修正してあげた。
太極拳って、こういう時に便利だよね。
「んじゃあ、どうしろと?君が名前を呼ぶなと言うから、便宜上の名前を考えたんだろ?これから先、名前を呼ばずに生活していくのは正直無理だと思うのだが」
さらに、ウィルが殴ろうとしてくる。
どうも頭に血が上っているらしい。
ヴォイドがウィルの肩を掴んで、阻止しようとしたが肩を掴み損ねたようだ。
ウィルが躱した際にバランスを崩し、そのまま私の方に倒れて来た。
私はそれを避けようとしたがうまくいかず、ウィルの体を正面から受け止める形となった。
「うわっ」
が、彼の体重を支えきれるわけもなく、そのまま後ろに倒れる。
その際ベッドの角に肩を強打した挙句、ナリアッテに借りていたシャツの肩部分を破ってしまった。
「つぅっ」
右肩痛い、背中痛い。
呼吸できない。
ナリアッテごめんよー。
あー、肩からこんなに破れて……
シャツ直せないかもしれない。
手で縫って直らなかったら、ナリアッテ怒るかな?
怒らないでほしいなぁ。
それから、そろそろウィロアイド、体を起こして欲しいな。
正直、首筋が君の呼吸で生暖かくなって気持ち悪いから。
「っつ。くそ」
ウィルが悪態をつきながら、体を起こそうとする。
のはいいが、私の体は地面じゃない。
そこ、力入れると鳩尾!
丹田に思いっきり力入れて乗り切った、えらい、私。
「ん?」
でも地面に違和感を感じたのか、ウィルがお腹周辺をペタペタと確認してきた。
思わず固まる。
それ以上、手をずらそうとしないで。
女だとばれる。
それからそこは、脇腹ー!!
ずらすのやめて下さい、お願いします。
本当にお願いします。
以前副団長に、脇腹攻撃したのを猛省した。
願いもむなしく、左手が弱点に触れる。
私の意思とは裏腹にびくっとなる。
「……あ、や……」
思わず、掠れた声が出る。
「へぇ」
ウィルが何か良い事思いついたという様な顔になる。
「ま、まさか、よせ」
ウィルが人の悪い笑みになった。
ウィルが私の右腕を拘束する。
さらにわき腹にある手が動く。
「ひぁっ……い」
本当にダメ。
「ちょ、おね……っ」
懇願しようとするも、さらに触れられる。
その瞬間、体が大きく反応しのけ反ってしまった。
「いっ……ひゃ……あっ」
涙がじわっとにじんできた。
力が出ない。
だけど、脱出を試みる為、体をねじってみる。
が、やはり腕に力が入らず元に戻ってしまった。
「……ひゃ……ぁ」
何とも情けない声が出た。
もう嫌。
その時に、部屋の扉を叩く音がする。
「失礼します」
そういって扉が開く。
「………………失礼しました。どうぞお続け下さい」
お願い止めてー、行かないでー!
私の願いも空しく、一言残してばたんと扉を閉めていってしまった。
ウィルの侍従だった。
そういえば荷物がなんたら言ってたな。
「おい」
そこへ、底冷えのする声が響く。
ヴォイドの声だ。
ヴォイドが怒っております。
怒るのを初めてみたかもしれない。
やっぱり怒らすと、怖いんだ。
少し部屋の気温が、下がった様な気さえする。
目が据わりきった状態で、ヴォイドが一歩近づいてくる。
思わず下がりそうになった。
ウィルのせいで動けなかったが……
「貴様の、フa3qp5tb#$"な手をルイからどけろ。さもないと―――――」
ヴォイドがもう一歩近づく。
その手には光りものが握られている様な気がするのは、私の気のせいでしょうか……
さらに近づく。
「―――――貴様の首を今すぐ胴からおさらばさせてやる」
この殺気に当てられて、動けずにいるウィル。
硬直している。
そのおかげで手の動きも止まったが、殺気が増すごとにビクつく為、その度に手がわき腹に触れる。
声が漏れそうになるが、この状況でうひゃーなんて大声出せません。
でも結局声を抑えきれなくて、「う」とか「あ」とか出るけど……
もう、限界です。
勘弁して下さい。
ははは、後悔してない。