61.
どんなに、疲れていてもやはり目が覚めるのは6時だ。
いつもの習慣で顔を洗って、シーツ直して、服を着替えて、ジョギングに行く準備をする。
するといつものようにナリアッテが入ってくる。
うーん、なんかいつもより肌がつやつやしている、気がする。
「ルイ様。おはようございます」
「おはよう、ナリアッテ」
「昨日の件、会に掛け合った結果、ルイ様を綺麗に着飾る為に集う会とレイ様を徹底的に支える会が統合されました。その名もル・レイ会です」
短っ!
てか、短っ!
「で、早速ですが、今のままでは女装趣味の女男との評判が広まり切ってしまうので、周りから固めようと我々は考えました。侍女の連絡網を使い、普段のレイ様の噂を流し、男性像を固めてみました。これだけで、随分隊の中でも過ごし易くなるのではと思います」
少しジーンとしたけど、気になる単語が。
連絡網……?
噂……?
いやいや、女装趣味の女男……
「ち、ちなみにどんな噂を……」
恐る恐る、ナリアッテに聞いてみる。
「物腰柔らかで誠実で紳士的。エスコートも完璧で、思わず連れて歩きたくなる事間違いなし。うっかり目を見ると、動けなくなるので要注意」
どこのホスト……
いやいや、ホストクラブには行った事無いですよ?
て、誰に言い訳してんだ私。
「後は既成事実が必要です。ルイ様」
うっ、何?
既成事実って何?
何をさせられるの?私。
冷や汗が……
「ふふふふふ。楽しみですわ。世の女性方にいつもの紳士スマイルをお見せ下さいな」
だから、既成事実って何よ。
それから……ナリアッテ、君の中での私はどうなっているの?
紳士スマイルって何よ。
てか、楽しみにすな。
いつもより遅れてジョギングに出る。
何故だろう何だか今日は足が重い。
ヴォイドに二日酔いを心配されたが、違うと言っておいた。
「首の怪我は大丈夫でしたか?あの場で俺は何もできなかった。一体何のための護衛か」
少し後悔のにじむ声だ。
本当に真面目だな。
走るペースを少し落とす。
「いや、昨日のは私の自業自得。宗谷氏にも指摘された事だけど、現場近くにいすぎた私にも、問題があったと思うし、ヴォイドが悩む事ではないと思うよ?」
「……」
ヴォイドが、思わずと言った体で立ち止まる。
「うん。ヴォイドはちゃんと仕事を完璧にこなしていたよ。優先順位を間違えず、完璧にね。それは凄く評価のできる事だよ。それだけでは駄目なのかな?」
私も立ち止まり、振り返ってヴォイドの顔をじっと見上げる。
走っていた為に、ヴォイドの顔が少し赤い。
「……いえ。ただプロ失格だと」
ヴォイドの瞳に、後悔が宿る。
「本人は至って元気だし、痛みもないし傷も残らないし、ヴォイドを責める理由私にはないんだけどな?」
首をかしげて、ニコッと笑う。
気持ちは解る。
どれだけ私が気にしなくても、きっとヴォイドの中では汚点なのだろう。
自分の仕事に自信と誇りを持っているから。
そういうのは、よく解る。
だけど吹っ切ってもらわないと困るから。
うーん、まだ悩みそうだな。
よし。
「それに、私は怪我した事より、団長の男発言で男だと思われた事の方が、ショックだったんだけど?」
「え?」
「何?」
「男で」
「そして、今でも信じてる、と?」
どれだけのすり込み効果だ。
団長め。
「いや、違う!ご……」
最後まで言わせず、えいっと、ヴォイドの弁慶の泣き所を蹴ってみた。
「っつ」
これで少しは浮上すればいいんだけど。
て、するわけないか。
でもまあ、気にしないでもらえるとありがたい。
足を押さえているヴォイドを置き去りにして、ジョギングを再開した。
振り向き際に、笑顔を残して。
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ヴォイドは、暫らくその場で呆然としていた。
爽やかな朝の風を受け走っていくルイの背中を見て、眩しそうに目を細める。
目にかかるほどに伸びてきていた髪を、もっとよく見えるように軽くかきあげる。
「そうか、そうなのか。それならば」
思わずという風に笑顔が漏れる。
そして、ルイの背中を追いかけはじめた。
「…長の昨日の…言は都…がいい」
ヴォイドがぼそりと呟いた言葉は、風に消されて流れて行った。
追い風だった。
さあ、今なら追いつけるだろう。
再びスピードを上げ始めた。