56.
「そいつは、男だ」
ああ、止めだ。
止めを刺された。
私は再起不能です。
ええ。
これはあれですかね?
詰めて寄せてあげて誤魔化して、誤魔化しきれなくて誰がどう見ても偽乳にしか見えない私に女の資格はないと、暗にそう言ってるんですね?
3度ですよ?
3度も、公衆の面前で彼は言いました。
しかも今度は大きな声で。
「男である」
って!
団長、あなたは自分の発言力の高さを1度省みるべきです。
団長の発言力は半端なく凄いんです。
見てください。
その一言でゲストの皆さんが、納得してるじゃないですか!?
団長の発言力がいくら高くても、どうやったら見間違うんですか。
どう見たって女にしか見えないでしょう?
そうでしょう!?
なんで皆納得させられてるんですか……
て、なんでキース、君はそうだったのか……みたいな顔をしてるんですか?
いくらなんでも酷いよ。
ちょ、副団長まで、なんとなくそんな気がしてきた、みたいな顔しないで下さい。
ああ、カリスマの発言って怖い。
ヴォイド、君ならって迷うな!
わたしは女だ。
見えなくても……
明日には、城中にこの事が広まって、既成の事実として皆に認識されている事だろう。
明日はどっち?
「あの男は、いったい何を言っているんだ?どう見てもこいつ女だろう?」
犯人がぼそっと言う。
俯きかけていた顔をパッとあげる。
「ですよね?やっぱり女に見えますよね?」
ああ、唯一の理解者が犯人だけなんて悲しすぎる。
しかし、もう私の事を女だと認識しているのはこの会場にはこの男だけだろう。
恐るべしカリスマ発言。
「ああ!?乳はちいせぇけど、あんた女だろう。男には見えねぇ」
ええ、ええ、解っていましたとも。
たとえ世界が変わっても、カワイイとチチは正義だって。
そうでしょうとも、そうでしょうとも。
ええ、現実なんてそんなもんですよ。
なんだろう?
こう自分の奥の方から何かが湧き出る様な、呼び覚ましてはいけない何かが表へ出ようとしている様な、けれども必死で抑えつけなきゃならない何か。
これを人は"怒り"と呼ぶ。
気のせいだ。
怒っているのは、気のせい気のせい。
社会人にもなってこれ位の事で感情をあらわにするなんて、ねェ。
うふふふふ。
うふふふふ。
あはははは。
「な、なんだよ」
犯人と、何故だか周りの人もビビり始めた。
「い、いえね?もうね?笑うしかないなぁ、と思いましてね?」
ふふふふふ。
笑いながら、襲撃犯と向かい合う。
「な!?」
犯人が思わずといった体で、1歩後ずさる。
「まぁ、唯一女だとわかってくれたので、手加減してさしあげます」
ニッコリと笑った瞬間、犯人が崩れ落ちる。
ザワっとする。
「今のどうやった?」
とか
「何したか見えなかった」
とか言う声が聞こえたが、単に犯人の手が緩んだので向き合って一発鳩尾に入れただけという、種も仕掛けもない単純な動作だったりする。
周囲を見渡すと、いつの間にか国王は会場からいなくなっており、ゲストもほとんど解散していた。
そこへ団長が近付いてくる。
「うむ、よくやった」
なんだか無性に溜息をつきたい気分になった。
「いえ」
どうか、素っ気なく言ってしまった心情を察してほしい。
もう、本当に今日1日で色々疲れましたから。
そんな私に、団長が改まって言う。
「レイ、我が騎士団へようこそ。我々は君を歓迎する」
ざわっ。
ほとんど騎士しか残っていない会場に、響く声。
あぁ~、そういう事は内々で言ってほしかったなぁ。
なんだか考えたくもない視線が私に集中している。
嫉妬とか妬みとか嫉みとかetc……
私はどうやら団長が鬼門のようだ。
「ありがとうございます。力及ぶ限り頑張ります」
ともあれ、無事就職先が決まったことは確かだ。
それは喜ぶ事かもしれない。
私は軽く屈み、胸に手を当て深く礼をした。
「期待している」
団長特有の美ボイスで、満足そうに言うのを聞きながら、再度深く礼をした。
それを見届け、団長は事後処理のために離れて行った。
は~、今日はなんて疲れる日だろう。
残された私はしばらく脱力してその場を動けなかった。
くそ、無駄美ボイスめ。
これで晴れて、主人公就職先の内定をもらいました。
本採用までに訓練がありますが…
夜会編は残り数話で終わりです。