53.
辺りが静かになったので、何事かと思い周りを見渡す。
すると、会場の殆んどの人間が、同じ場所を見ている。
皆の見ている視線を追っていくと、二階部分から下を眺めている人物に行きついた。
纏っているオーラから考えるに、間違いなくこの国の王だろう。
案の定案内係の声が国王の来訪を、告げる。
皆が一斉に頭を下げた。
私も周りに倣い、礼をとる。
「皆の者、面をあげよ。今宵は隣国の客人を招いての夜会だ。思い存分楽しむがいい」
腹の底に響きそうなバリトンの声が、広間中に広がる。
それを合図に、先程とは違う音楽が会場に広がる。
雑然としていた雰囲気が、そこから一変する。
国王が二階部分から、ホールの方へと降りてくると、人の海がさっと左右に分かれた。
おお、生モーゼ。
分かれた延長線上には、団長とキョウキーニさんがいた。
この場所にいたら明らかに邪魔なので、私も周りに倣い脇に避け、ついでにお酒のお代わりを貰った。
「まだ飲むのか」
副団長の呆れ声が聞こえる。
うーん、何だか同じ事をさっきも言われた様な気がする。
「だめ?美味しいからつい」
流石にはしたないと思わなくもないが、いかんせんここに出ているお酒が美味しすぎるのがいけないのだ。
さっき受けたストレスも、若干ピッチをあげているのに加担していると、言い訳につけ足しておこう。
それに私は、酒依存ではない。
酒瓶片手に段差で躓くような、間抜けはしない。
躓くとき持っているのは、酒瓶ではなくグラスだ。
そこは主張したい。
「それはどう違うんだ?」
「持っていたのが瓶かグラスかによって、傷心度が変わってくる」
そうなのだ。
その時グラスを持っているか、瓶を持っているかで、心の傷の度合いが変わってくる。
その時持っていたのがグラスだったら、危ない気を付けよう、で終わる。
が、瓶だとかなりへこむのだ。
何をやってるんだろう?自分。
というように、自問から始まり、自分の人生について考えてしまう、ドつぼループにはまる。
やがて自分の人生が、走馬灯のように駆け巡りはじめる。
死なないのが不思議だ。
うん。
「それを、キッチンドリンカーと言うんじゃないのか?」
おわっ、宗谷英規、いつからそこに。
「酒依存ではないと主張していた辺りからだ」
「え?口には出していなかったはずですが」
「いや、口に出てたぞ」
宗谷英規と副団長に同時肯定されてしまいました。
「ああ、申し遅れました。私は英規=宗谷と申します」
宗谷英規が、、副団長に自己紹介を始める。
「私はローアム=フォンジッニ=デラ=ウナオイア。騎士団副団長を務めている。宰相補司に任官されたとか?フィーから噂は聞いているよ。あいつの元では気苦労が絶えんだろうが、頑張ってくれ」
フィー?
「気苦労などとはとんでもありません。色々勉強になって、いい刺激を受けています」
「あいつの変な影響だけは、受けるなよ」
「変な影響ですか?」
「ああ、そのうち解るさ」
どんな影響なんだろう?凄く気になる。
フィーとかいう人は、そんなに影響力がすごいのだろうか?
「ファインの事だ」
副団長が私に言う。
あ、ファインさんのこと。
じゃあ、きっとあれだな。
直属部下が軒並み似非紳士になるとか、女性関係トラブル多発とか。
それは、さぞかし混沌としていそうだ。
「だいたい、ルイがフィーの事をどう見ているか察した。悲しいことかな、概ねその通りなんだが……」
「ああ、じゃあ宗谷さんは手遅れですよ」
にっこり笑う。
「どういうことだ?」
二人同時に問われる。
「いや、だってファイン様に影響受けてなくても、現時点で兆候出てるじゃないですか」
そう言って、辺りを見回す。
女性の視線バッチリ。
まぁ、副団長ファンも混じっているだろうけど。
「それに、宗谷さん、向こうにいた時から結婚したい男、上位に入ってましたよね?うちの社にも、隠れファンいましたし」
周りを見た宗谷英規が、今気付いたかのように女性たちの視線に驚いている。
おおい、もしや鈍感?
いやいや、まさかねぇ。
「おいおい、宰相府はとんでもない男を入府させた事になるのか?」
「ある意味そうかもしれませんよ?ファイン様と宗谷さんのおかげで、ますます城内が潤っていると、侍女さんたちが話してましたしね」
「ま、まぁ、頑張れ」
「え、ええ」
何だか2人がげっそりしているが、気付かないふりをしてあげよう。
きっとそれが優しさというものだ。
そうこうしているうちに、王様が近くまで来ていた。
私達は、すかさず礼をする。
礼をする。
礼を、あれ?
何だろう、気配が去らない。