49.
「お前はなぜ女装している」
何だって?
いや団長、それはもうご存じだったのでは?
あれだけ手合わせしてれば、普通判るものでは?
それに……
思わず副団長を見やる。
あ、目を逸らしやがった。
私の勘違いではなかったら、上司への報連相って社会人の常識では
なかったっけ?
副団長の上司といったら、団長しかいないでしょうが。
何故話してないんだ。
という抗議の視線を、副団長に送ったてみた。
「すまん。上手く誤魔化せ」
と、美声でぼそりと呟かれた。
誤魔化せったって、どうやって?
これはもうやけくそ?
正直に言うか、でっち上げを言うか……
頭の中で、何通りかシュミレーションしてみたが、結局どれを答えても自滅への道まっしぐらだ。
えーい、ままよと思い言葉を発した。
「趣味」
「は?」
団長と副団長が、みごとな美声二重奏で聞き返してくる。
「だから趣味」
いやね?
どうせ迷ってどんな言い訳をしたって、自分の不利な方にしか状況が運びそうにないし。
とか、どうせうまく運ばないなら、私的に楽しい方がいいよなぁ。
とか、色々考えた結果が上の言葉として出たわけで、決してナリアッテに借りたドレスの胸の部分が余りに余っているので、詰めて詰めて寄せて上げて誤魔化して、それでも誤魔化しきれなくて誰がどう見ても偽乳にしか見えなくても、外見だけはどうにかこうにか女な私を、女装と宣った団長に、ちょっとした意趣返しが出来るかも?とか考えていたわけではないですから。
ええ、決して。
多分、きっと。
うん、お酒飲もう。
そして、もう一度きっぱりと言う。
「趣味です、ええ。趣味ですとも」
団長は納得していた。
納得すんな。
あれか?あれなのか?それほど、男が女装したようにしか見えないと?
確かに胸はあれでこれだけど、着こなしとか仕草とかメイクとか、ぱっと見は女性らしくした!
言葉遣いも、対外的には間違っていない。はず。
ナリアッテも、太鼓判押してくれていたのに……
私、どうやら女ではなかったようです。
衝撃の事実発見。
あ、使用人の人も発見。
今度はワインもどきのエアエイをお代わりした。
旨い。
心にしみる。
「はは、よく飲むなぁ」
団長が笑いながら言う。
「とてもおいしいですから。団長は飲まれないんですの?」
「女言葉はよせ、気持ち悪い」
……気持ち悪い……
なんだろう?
こう自分の奥の方から、何かが湧き出る様な、呼び覚ましてはいけない何かが表へ出ようとしている様な、けれども必死で抑えつけなきゃならない何か。
「・・・・・」
これを人は"怒り"と呼ぶ。
気のせいだ。
怒っているのは、気のせい気のせい。
社会人にもなってこれ位の事で感情をあらわにするなんて、ねェ。
うふふふふ。
笑顔を張り付けて、手にあった杯を一気にあおる。
これはやけ酒ではない。
断じて違う。
副団長が一人アワアワしているのを横目に、空になった杯を通りすがりの使用人に交換してもらう。
今度はウィスキーもどきのエウェジークをもらった。
これも一気に流し込む。
「ほう、お前いける口だな。今度酒に付き合え」
団長が感心したように言う。
ついて行ったら、いい酒奢ってくれるんだろうか?
「はぁ、私でよければ」
と、思わず返事をしてしまう私は、現金だと思う。
「キースとかアリーオとかいるじゃないですか。なんでレイなんです?」
まさか私が承諾するとは思ってなかったのか、副団長が慌てて団長に言う。
「いつもの奴らと飲んでもいいんだが、飽きた。キースは酔うといい酒ばかり頼むし。アリーオは泣きが入るし、お前は酔うと手に負えん。それに、たまには違う連中とも飲みたいからな」
「ちょっ、手に負えんって。私がいつ酔ったと言うんですか」
副団長が抗議するが、団長は何とも言えない顔をして、「……お前、いつも記憶なくすからな…」とどこか遠い眼をして呟いた。
「そんな事よりお前は、レイ何という名前だ?」
遠い眼をしていた団長が、現実に戻ってこちらに向いた。
女装だと思われているので、名乗るのは偽名でいいや。
「レイ=タダノ=オカシズキー=ド=ジャポンです。この姿の時は琉生と名乗っております」
今更だけど名前を名乗る。
「そうか」
団長が何かを言おうとした時に、会場内がざわめく。
何だろうと思って周りを見ると、新たな招待客が到着したようだ。
会場内に名前が響く。
『キョウキーニ=ウェン=シェオインク=ジェジュミ様』
団長の顔が心持ち引きつっている。
「あ、偽13番」
思わずそう言った私の顔も、団長と負けず劣らず引きつっていた事だろう。
昼間のバトルジャンキーの登場だった。
VIPだし、招待されてても不思議ではない。
今は女装中(?)だし、多分すれ違っても気付かれる事はないだろうし、ましてや、話しかけられる事はないと思う。
ともかく、あまり関わり合いになりたくない。
視界に入らないようにしよう、と決意したそばからこっち見てるし。
正確には、団長の方を見てるっぽいけど。
これは……
かの孫子も言っていたではないか、逃ぐるを上と為すって。
あれ?孫子だったっけ?