44.
囲まれてから、まず私が取った行動といえばお酒を飲む事だった。
正直、飲まないとやってられませんって。
先程配られたお酒は、原材料が何かはよく判らないが、軽くて甘いフルーティーなお酒だ。
主に女性に配られている。
さすが王宮、揃えている酒は半端なく旨い。
今日は、他国の客も招待してるせいか、いつも食事時に出るお酒より格別に旨い物が振舞われている。
女性用にと配られているものは、私には軽くて少し物足りない。
なので、ヴォイドが飲んでいるものと同じ物を、通りかかった使用人から貰う。
これこれ。
これ、気になってた。
ちょっとだけ気分浮上。
匂いでアルコール度数が高い事は判っていたが、飲んでみると予想以上にきつい。
味に少し癖があるかな?
どちらかというと、ウィスキーに似ているかも。
ただ、香りが案外爽やかなので、原材料はもしかすると穀類ではないのかもしれない。
それか、香りづけの段階で、何か工夫でもしてあるのだろうか?
このお酒、結構いけます。
リクエストしたら、夕食後に出してもらえるだろうか?
いやいや、ただ飯食らいが何を言っている、私。
慎ましやかに行かねば。
ウィスキーもどきを堪能していたら、酔っぱらってしまわないかヴォイドに心配された。
大丈夫だって、酔わない酔わない。
「結構私お酒いける口だよ。まぁ、こういう場だから、余り飲めないのが残念だけど。これ、おいしいよね」
とか話していたら、女性が目の前に立っていた。
「貴女が噂の、陛下のお客人ね」
なんでだろう?
王宮にいるはずなのに、道路の路地裏に呼び出された気分になるのは。
取り敢えず気持ちを引き締める。
「はじめまして、私琉生=多田と申します。お見知りおき下さいませ」
先手必勝、自己紹介をしてみた。
私は挨拶をしながら、これ以上ないと言う位極上の笑顔を顔に張り付け、この国の正式な礼を完璧にした。
ドレスのスカートを両方の手で少しつまみ、体を落とし顔をゆっくりと下げる。
確かこうで良かったはずだ。
はずなのだが、周りの様子がおかしい。
周りがシンとなりすぎる。
あれ?
何か私、間違った?
え?もしかしてこの礼の仕方は間違い?
出たよ、異文化の壁。
ナリアッテに、最終チェックしてもらえばよかったか。
おそるおそる、彼女に顔を向ける。
顔を上げると、フリーズしていた。
様子がおかしい。
見るとどうやら、彼女も少しお酒を召しておられるらしい。
ほんのり頬がピンク色になっている。
チークでもなさそうだし、酔っているようだ。
動かないのは空腹時にお酒を飲んだからなのだろうか、もしかすると気分でも悪くなっているのかもしれない。
確かに、あの甘めのお酒、結構度数がありそうだ。
口当たりがいいものだから、何杯でもいけるし。
若いから、知らずに何杯も飲んだとか?
「あの?」
一応声をかけて見るが、反応がない。
どうしよう、困ったな。
ヴォイドもあらぬ方向見てて、ヘルプしても気づきもしないし。
まあ、いいや。
取り敢えず女子優先って事で、近づいてみた。
うわ、間近で見て改めて思うが、やっぱり10代20代の肌は違う。
張りと透明感が。
つやが。
羨ましい。
そう思っていると、彼女の後方に、先程階段を下りた時に気なった謎の人物がいた。
なるほど、ヴォイドはこの人物が気になっていて、様子がおかしいんだな。
それよりも、私の問題はこっちだな。
彼女の顔を覗き込んでも、あまり反応がないので更に近づいてみた。
もちろん、視界の隅にその人物が入るようにして。
それにしても、本当に肌がきれいだな、この子。
私は彼女の耳の位置まで、片手をゆっくりと伸ばした。
誰かがごくりと唾を飲み込む音が、聞こえる。
それほど周りは奇妙に静まっていた。
なんで?
パチンと私が彼女の耳の横で指を鳴らすと、会場中に響いたんじゃないかと思う位に響いた。
ドキドキしてしまった。
その甲斐あってか、ようやく彼女の目の焦点が合った。
その途端、凄くびっくりしたような顔をされ、大きく飛びのかれた。
え?
目が合うと、口元に手をやり顔を横に逸らされた。
それほど気分が悪いのかな?
顔が赤いから、相当酔ってる感じがするんだけど。
大丈夫だろうか?
「申し訳ありません。お声をおかけしても、返答がなくて。御気分が優れないのでは、と心配になりましたもので」
「……。な、何ともありませんわ」
本当に大丈夫なんだろうか?
彼女がプイッとそっぽを向く。
その仕草が、何だか猫を見ているみたいに可愛いかったので、思わずクスッと笑ってしまった。
又なんだかシーンとしてしまったが、いったい何なんだ。
取り巻きのお嬢さん方が、つられたのかふっと笑った。
周りの空気が、一瞬にして柔らかい雰囲気になる。
「そうですか、それはよかった」
正直、気分が悪くなってこの場でリバースするんじゃないかと、心配だったので心底ほっとして、満面の笑顔でそう答えた。
彼女は、皆に笑われたのが恥ずかしかったのか、顔が真っ赤だ。
うん、誰かフォロー入れてあげようか?
背後の男が移動を開始する。
これは、気になる。
「では、私はこれで。又、どこかでお会いしましょう」
と言って、彼女のの手の甲にキスの礼をして去っていこうとしたら、ヴォイドがこっそりと「ルイ、それは男性がするものです」と囁いてきた。
あー、間違えた。
言い訳すれば、昨日ナリアッテに男性用の礼も、みっちり仕込まれたんです。
一夜漬けは駄目だわ。
ぼろが出る。
決して酔いが回ったわけではない。
断じてない。
ないったらない。