33.
集中し始めると、私の視界にギャラリーは映らなくなった。
不思議だ。
もう一つ不思議なのは、周りのスピードがぐんと遅く感じる事。
と言っても若干程度だが。
だけどそれで命が救われた事もあるので、侮れない。
ちょうど今の状態がそうだ。
剣を構えた団長をじっと見ていると、一見微動だにしていないように見えるが、かすかに心拍に沿って動いているのが判る。
その動きや速さから、相手がリラックス状態なのがよく判った。
それにしても、リラックスしている癖に団長には隙がない。
おかげで動けないじゃないか。
団長もまた動かない。
お互いそのままの状態で出方を見るというか、力量を図っていた。
といっても、私には相手が強いという事しか判らないが。
「どうした。来ないならこちらから行くぞ」
び、びっくりした。
間近で聞いたら、声が良い。
何、この騎士団、声がよくないと上官になれないとか決まりでもあるのか?
ここの団長と副団長、アメリカン・アイドルに出ればいいんだよ、確実優勝だろう。
あ、年齢でアウトか。
団長ぎりぎり?
それにしてもよく20年も続くな、あの番組。
ああ、いかんいかん。
集中集中。
無だ無。
とか考えてたら、団長が動いた。
あ、しまった、先手取られた。
ま、いっか。
踏み込みが早い。
無駄に脚長いから、この距離一歩だよ、けっ。
体を後ろに引きつつ、剣を流す。
ついでに、横に体を引きながら斜め前に。
団長がわざと脇開けてあるのが判るから、誘いに乗らず剣を少し引き気味にして、一気に下段から胸をめがけて突く。
団長が下から、はじくように剣を合わせてきたので、そのままその力を利用して一気に団長の背後にまわり、切りつけようとしたが、躱される。
あ、又あの踏み込み。
そんなに足が長いのを自慢したいのかよっと、今度は剣を合わせず躱す。
相手が一瞬動きが止ったのを見逃さず、上段から剣を下ろすとバランス崩した体制から横なぎに一閃してきた。
その一閃された剣のスピードとタイミングを合わせて体の位置をずらし、剣を受け止める。
うーん、この剣やっぱり合ってないなぁ。
自分用のがないから無理やり借りた奴だけど、グリップ部分がなじまないのと、何より重い。
この何日間馴らしてきたけど、団長とやるにはちょっと不向きだ。
恐らくあと何回か剣を合わしたら、剣がどこかに飛んでいきそうな気がする。
何しろ、握力と重量がうまくかみ合ってない感バリバリ。
相手の力を利用しないと、うまく剣を運べないと言うのはちょっと危険。
ん?なんで動かないんだろう?
ちょっと首をかしげる。
「くくっ」
何あの人、なんか笑ってるんだけど。
ちょっと後ずさる。
「おもしろい、本気で来い」
今すごく怖いと思った。
剣持って、うすら笑い浮かべてる。
背中がゾッてきた。ゾッて。
に、逃げていいですかね?
いまならあの10番の気持ちがなんとなく解るかも。
若干涙目になりつつ、首を左右に振り振り。
すると団長が「却下」と言いつつ剣を構え直した。
ひぃっ、怖いよう、ママン。
うわ、来た。
さっきよりも早い。
とっさによけた私は偉い!
ていうかその殺気半端ない。
剣をまともに受け止めてしまった。
おもっ。
耐えきれないので、すぐに引く。
よくふっとばなかったな私。
次の攻撃へのタイムラグがほとんどない。
熟練度が半端ないです。
チラと後ろを見ると、あと3歩程で壁際だった。
誰もいないな、よし。
続けて振りかざされる剣を何とか躱し引きつけつつ、そのまま横に体を移動し角になる所まで気付かれない様に誘う。
時々剣を交え、時々躱す。
体を動かしながら、こちらのリズムに乗せていく。
6分の2拍子のリズムに合ったところで、横一文字に一閃。
団長が袈裟がけに切りつけようとする所を狙って、体ごと捻りうまく躱す。
団長の剣先が木の壁に食い込んだ。
おし。
その隙に団長のわき腹に思いっきり蹴りを入れてやった。
崩れた所で首筋に剣をつける。
チェックメイト。
雰囲気だけ殺気だてて、おもいっきり手加減とか器用な事をするよ、この団長。
本気でかかられたら、5秒で即死。
手加減されてるのがよく解ったので、途中から一度やってみたかった太極拳(この場合太極剣)の型をさせていただきました。
有難うございます。
中々実戦で剣を持つ機会がないので、こういう時でないと。
私がやってみたかった型が使えると知って大満足。
ママン、私やり遂げたよ!
あー、ビールが飲みたい!!
ってあれ?
なんだろう。
なんなんだろうこの視線、ここに来た当初よく見てたなぁ。
気のせいかなぁ。
何だか
視 線 が い た い
私には、スピード感のある動きの表現は無理かもしれない。
後は、皆さんの脳内でスピード感と熱気を演出してみて下さい。