214.
「お前、いつまでそうしているつもりだ!」
リプファーグがどうやらジェイを退けたらしい。
頭を打ったわけではないので、急に動かすことをしても大丈夫なのだろうが、先程のジェイの呼吸の荒さが少し気にかかった。
もしかすると、体のどこかを傷めているのかもしれない。
尻餅をついているジェイに近づき、少し診ようと前に屈むと、何かを見たのかぎょっとした顔をしてジェイが急に立ち上がり、慌てたように私に背を向ける。
「おおお俺、少し便所!そう、便所に行ってくる!」
「え?あ、ジェイ?大丈夫?」
「だだだ大丈夫!多分大丈夫‼大丈夫じゃないけど大丈夫!」
どっちなんだ。
目も泳いでいて、若干前屈み気味にしている。
もしかすると、倒れたときにでも鳩尾辺りに私の膝が入ったのかもしれない。
うわ、悪いことしたな。
それは動かなかったはずだ。
テーブルの角や椅子にぶつかりつつもここを出ていくジェイを、申し訳ない思いで見送った。
先程まで座っていた席に、座り直そうとしたところをリプファーグに止められる。
理由を求めるために顔を見ると、思いきり逸らされた。
なぜ逸らす。
「今日は寒いからな。これを着ておけ」
リプファーグが、自分の着ていた上着を私にかけてくれた。
おぉ、あたたかい。
「リプファーグ、ありがとう」
「あ、いや、その。き、気にするな」
照れたらしい。
こういうことには慣れてないのかもしれない。
そういえば、行軍訓練の時もそのように感じた。
女慣れしていそうな見た目とのギャップが面白い。
「さすが、お貴族様。リプファーグ様、やりますねえ」
クィリム?
どこか険のある言い方だ。
一般人と貴族との間には、やはり溝がある。
それでも騎士を目指すというのなら、今のうちに慣れなければこれから色々と不味いだろう。
大分慣れていたように見えたんだが……
「どういう意味だ?」
「どうもこうも、手が早いと思っただけですよ」
「お前だけには言われたくないな。当然のことをしただけだろう?」
いやいやウィル、君上着脱がなくていいからね。
もう間に合ってるからね。
それから、男であっても女装していたら上着をかける行為は必要なのだなとか、変な常識覚えなくていいから。
それはテストにでないから。
それよりこの二人を止めてください。
「えーと、取り込み中のところ申し訳ありませんが、そろそろ試食の方をお願いしても?」
イグプリームさんが食事を運んできた。
ナイスタイミング。
「ええ、よろしくお願いします」
私が答えると、イグプリームさんが驚いた顔をする。
あ、そうか。
女装中だった。
「あ、すみません。私はレイです。このような格好で驚かせてしまい申し訳ありません」
「え?あ、え?いえ、はい?」
「わけありで、しばらくこのような格好で過ごさねばならなくて……」
「そ、そうですか。非常に似合ってますよ。女性としか思えないくらいに。男の姿のときに会っていて良かった。今日はじめてお会いしたのなら、うっかり惚れていたかもしれません」
あはは、惚れてたっていうのは言いすぎだろう。
そうか、イグプリームさんはいつもこうして口説いてるんだな。
そういえば、以前惚れたメイドさんとはその後どうなったのか気になる。
シノヤカさんと同じ人を好きになったんだっけな。
「あははは、どうも。それより折角ですし冷めない内に食べましょう」
残りの食事を厨房からテーブルに運ぼうとしたら、全員に止められた。
なんで?
それにしてもジェイ遅いな。
そんなにお腹痛かったのか……