212.
何とか、やり過ごしつつ部屋を出る。
途端に廊下の空気が揺れた。
一斉にこちらを見ている騎士。
無表情で。
日の落ちた薄暗い廊下。
蝋燭に照らされた複数の無表情な人影。
風もなく揺れる蝋燭。
その度に蠢く陰。
軽くホラー。
誰か何でもいいから、話せ、動け。
てか、帰れ。
無言の視線に晒されつつ、早足で食堂へと向かう。
怖かったからでは断じてない。
不気味だったのだ。
階段を降りていたら、上の階から唸り声のようなものが聞こえてくるし。
急いで向かった食堂の中で、一旦息を整える。
落ち着いてから顔を上げた入り口付近の厨房には、イグプリームさんともう1人奥に誰かがいた。
あの後ろ姿はシノヤカさんかな?
厨房内で何かが落ちたようで、金属音が食堂中に響き渡る。
音に驚いたのか、いつもの席にいたジェイとクィリム、ウィルそれとリプファーグが一斉に厨房を見た。
彼らと目が合ったついでに、軽く手をあげ挨拶をしておく。
こちらの存在に気づいて同時に全員が立ち上がったのには少し驚いた。
いつもはそんなことはしないのに。
それにしてもリプファーグ、なぜいる?
ウィルが誘ったのかな?
「あれ?皆早いね」
席に向かいながら声をかけてみたが、誰もなにも返事してくれなかった。
おかしい。
メンバーの様子の奇妙さに思わず首を傾げる。
「失礼ですが貴女は、い……!まさか!」
リプファーグだけが再起動を果たし、口を開いてくれた。
「ひ、1つ聞きたいのだが……」
声がかすれ上ずっている。
風邪か?
「もしかして……レイか!?」
ん?
あぁ、そうか。
メイクしてるから、皆私だと判らなかったんだな。
今回は肌色も合わせているし、何人かきちんと女に見間違ってくれてたし。
満足満足。
いやぁ、ちゃんと性別を判断してくれるというのは、やはりなんだかんだ言っても嬉しい。
正確なメイクをしなければ、誰も女だと気付いてくれないが、それはそれ。
男と偽らないといけないが、それもそれ。
つい嬉しくなって、笑顔の大盤振る舞いをしてしまった。
「リプファーグ、久しぶりだね」
今もなお動かない彼らを横目に、ジェイの隣の席へと座った。
音が鳴りそうな程ぎこちのない緩慢な動きで、こちらに向き直り注視している他のメンバー。
いい加減皆も座ればいいのに。
ジェイ、目がこぼれ落ちるよ?
「あ、あぁ。久しぶりだな?月並みなことしか言えないが、綺麗だ」
ああ、王女の振りをしないといけないんだっけ。
だったら笑い方はこうで、話方は……
「そう?ありがとう」
こうだ。
確か。
そしてそこからの……
「皆様お座りになって?」
王女がよくしていた、少し小首を傾げる仕草が形式美。
リプファーグに対して実践してみたら、呆けたような顔が4つほど出来上がった。
ああ、もう。
やめやめ。
キャラが違いすぎる。
見ろ、皆のこの呆れた顔。
こういうのは本番だけでいいよ、もう。
三十路にはきつい、どう考えてもきつい。
十代の振りをするのは流石に無理だ。
やってみようと考えた自分が悪かった。
見るな、だから見るなぁ。
ここにきて一体いくつの黒歴史が出来上がっただろう。
お願いだからそんな顔してこっち見ないで。