211.
「男ですっ」
女装の件については、いずれまた任務としてすることもあるだろうと覚悟はしていたし、外部の女性を使っての捜査などは現在行わない方針だと聞いていたので、何かの事件が起こればあるいはと。
しかしここまで大っぴらにやるとは思わなかった。
これは何だか関係のないところまで話が広まりそうだ。
他の騎士にも見られていたし。
いや、ル・レイ会に知られている時点で推して知るべしなのか?
あぁ……それにしても既成概念とは恐ろしい。
そうであると思い込んでいると、事実なんていくらでもねじ曲がってしまう。
今回のこれがいい実例だ。
何が悲しくて、同じ人物に2回も自分の性別を否定しなきゃならんのだ。
「…………………………男………………だったな」
見極めようとするかのように注視してくるシンヴァーク様の視線に耐えきれず、思わず顔をそらしてしまった。
そらしたのは不味かったか?
「あら、違いましてよ。シンヴァーク様」
ナリアッテが絶妙なタイミングでシンヴァーク様に話しかけた。
助かった。
それにしても、相変わらず笑顔が可愛いな、ナリアッテ。
じゃなくて、ナリアッテは一体何を言うつもりだろう?
「ルイ様は」
あ、言わせてはいけない気がする。
「ナリアッテ?」
「女性、ですわ」
うわぁ。
これ以上シンヴァーク様を混乱させるのはやめて。
なぜそこで女性発言するかな。
それにしても、いい笑顔だな。
「あ、ああ。そうか。確か女装中は女性扱いを……」
あ、そういえば皆の前で先程ナリアッテが女装中は女扱いしろと注意してたんだっけ。
「ええ、シンヴァーク様。ルイ様は、女性、ですわ」
なるほど、それでナリアッテの女発言ね。
え?
ちょっと、シンヴァーク様?
何只今絶賛パニック中な顔をしているんですか。
「女……と言われれば、そう見えるが……いや、しかし、本人は否定している。それに、女の騎士がいるなど聞いたこともない。だが、ナリアッテ嬢が嘘をつく意味など。本人が否定しているのに?だがしかし、どう見ても……」
先程からシンヴァーク様が眉間のシワを増やし、ぶつぶつ言いっている。
もしかして、ナリアッテの言葉を聞いていなかった、とか?
「ルイ様、今後の件なのですが……」
え?
ナリアッテ、まさかのスルー?
あの状態で放置するの?
ウェルフさんも見事な応対で、シンヴァーク様を壁際の椅子へ追いや……いや、誘ど……いや、案内するとか。
この部屋の主ってシンヴァーク様なのに、扱いがなにげに酷いかもしれない、この2人。
問題は私だけでも労るべきか、ざるべきか。
まあいい、シンヴァーク様の事はとりあえず置いておいてと。
ナリアッテと先の話をしよう。
思い付いたこともあるし。
ナリアッテに夕飯を仮訓練生の食堂でとることと、ウィルとの自主練の話をしてみた。
すると、服装はそのままで行けばいいと言われた。
「え?」
思わず聞き返す。
着替えないと動きにくいから相談したのだが、まさかのこのまま?
「道中何があるか判りませんでしょう?ルイ様に万が一があっては嫌ですもの。必要ないかもしれませんが、どうせなら慣れておいた方がいいような気がしますの。それに私、未だに目に焼き付いていますのよ。夜会の時のルイ様の勇姿。あの時はハラハラして胸が張り裂けるかと思いましたが、今思い起こせばあの立ち回りのかっこよさといったら。一瞬でも目をそらした自分を叱り飛ばしたい位ですわ。立ち回っていた他の殿方など目に入らぬほど、ずば抜けてお綺麗で。あの流れるような動きに気品も美しさも兼ね……」
ナ……ナリアッテが暴走してる。
どうしよう、暴走している。
「そうですわ!私良いこと思い付きましたの!!」
こ、今度はなんだ!?
う、殺人スマイル+うるうる上目遣い。
その顔、他の男にしないでね。
勘違いしそう。
「ルイ様の自主練習。私も見学させてもらえませんでしょうか?」
いや、見ても暗くてよくわからないと思うよ?
それに危ないし。
可愛くおねだりされて思わず、いいよとかなんとか口走りそうになったが、ここは心を鬼にせねば。
「な!?それなら私も是非拝見をしたいです」
ウェルフさんも!?
仕事どうした、2人とも。
プロな2人が、あるまじき事を言い出した。
「いやいや、暗いですし危ないですし」
慌てて諌める。
今日初めてするので、何が起こるか判らないし。
絶対危ない。
なんとか説得して、二人には応じてもらった。
気がつくと日が落ちていて、夕食の準備時間になったのでウェルフさんが活動を始めた。
私もちょうどいいので、同期会の場所へと行くことにする。
けっして、シンヴァーク様が正気に戻る前にとか、ナリアッテの気が変わる前にとか考えたわけではない。
ええ。
だからナリアッテ、そんな顔してこちらを見ないで。