209.
「失礼します」
ナリアッテの対応で入ってきたのは、アイルさんだった。
ナリアッテがウェルフさんに対して、いい笑顔になっている。
先程のこと少し気にしてたんだな……
「宰相補司、こちらになります」
アイルさんがもう一人を中に案内する。
やはり来た、噂の人物、宗谷英規。
ファインさんの予言大当りです。
さすがです。
アイルさんはどうやらセラ小隊長に用事があったらしく、宗也さんをついでに案内してきた模様。
運のいい男だ。
「騎士殿、案内ありがとうございました」
「いえ、私もこちらに用事がありましたので。セラ。この間のあの……」
「おい、ファイン。いつまで遊んでいるつもりだ。下からくる案件が溜まって来てるんだぞ」
宗也さんとアイルさんが挨拶を交わした後、各々の目的を果たす行動に出たようだ。
よし、私は空気、私は空気。
気づくなよ、宗谷英規。
「宰相に今日中にと言われていた書類、カスロイのや……え?多田さん?」
それとなく、判り辛い位置に移動していたのに……
空気だったのに……
気付かれた。
思わず舌打ちをする。
シンヴァーク様にバッチリみられた。
眉間のシワがぁ。
「どうも、お久しぶりです、宗谷さん」
気付かれたのなら仕方がない。
挨拶をしておく。
もちろん笑顔も忘れない。
不評だがな。
「……久しぶりだ。君が大変だった時に、会いにも行かず、すまなかった。怪我をしたと聞いたのだが、もう大丈夫なのか?」
私の方に歩いてくる。
ああ、何だろうこの苦手感。
後ろに下がりたい。
「えぇ、侍医長の献身的な診療とナリアッテの手厚い看護のお陰で、古傷も含めて全ての傷が完治いたしました」
そう、コンゴでの護衛任務で負ったあの背中の古傷も。
あり得ない。
謎だ……
「古傷?」
あぁ、しまった。
話題を変えよう。
余計なことを言った。
「まあ、それはいいでしょう?とにかく、ご心配お掛けしたようで申し訳ありません。そええと、宗也さんはファイン様にご用事なのでは?」
「え?あ、あぁそうだな……。それより多田さん」
急に宗谷英規の視線が強くなる。
思わず背筋がのびるような視線だった。
「君がそれなりに強いのは、俺もよく知っている。かつて護衛を頼んだのは自分だからな。そんな俺が言うのもなんだが、あまり無茶をするな。無謀はしないだろうが君は無理をする。違うか?」
いや、そんなに無茶とかしてるかな?
過去を思い出すと……
う、うん。
思わず視線を逸らす。
うわ、ため息つかれた。
「君が俺の事をなんとも思っていないことは知っている。だけどな?多田さん。君にとってたとえ俺が小さな存在であっても、身を案じているという事だけは忘れないでくれ」
吸引力のある宗谷さんの瞳に、不安の色が見え隠れしている。
何?このばつの悪さは。
「それに、恐らくそれは俺だけではないはずだ」
ここにいる数人が、首を振っている。
ナリアッテが首が千切れそうな程縦に振っているが、むち打ちにならないか心配だ。
て、いやまて。
何かがおかしい。
私が無茶や無理する時って、大抵何かに巻き込まれてないか?
自発的に突っ込んでいった案件ってあったっけ?
いや、あったかもしれないけど。
ほとんど任務中……
不可抗力だ。
しかも任務内容を自分から話すわけにもいかないので言い訳も出来ないという……
何この理不尽。
「その、色々な方に心配していただいているのは、存じ上げております。その上で無理を通さねばならないことを心苦しく思います。自分の限界を弁えておりますので、それ以上のことは行わないようにはしているのですが、他の方から見れば無茶をしているように感じられるのかもしれませんね。ですが、私自らの行動において、死に繋がるような真似はしないと断言出来ます。勝算がなければ基本しません」
うわ、ナリアッテじと目になってるよ。
信用無いなあ。
「あー、とにかく。その、まあ、死にません、私は」
宗也さんが何か言いたげに口を開閉していたが、結局何も言わなかった。
ただ、そうかと一言だけ呟き、私の顔に手を伸ばしてきた。
触れる寸前、何かをこらえるような表情をして手を下ろす。
ただその時の表情はいつかどこかで見たことがある気がして、胸の奥でモヤモヤが広がる。
うわあ、思い出せそうで思い出せないとか、何て気持ちの悪い。