208.
「おい、黙って見てればこの野郎」
その手を離せと言う前に、非常にどすの効いた声が室内に響いた。
ファインさんから舌打ちが。
今舌打ちしたよ、この人
やはり怒ってるんだ。
まずい。
国の重鎮怒らせた。
原因が判らない。
謝り方がまずかったのだろうか?
それとも感謝が足りなかったのだろうか?
何をすれば許してもらえるのか。
ダメだ、少し混乱している。
落ちつけ自分。
ファインさんが、通常の態勢に戻った。
視界が開けた事に少しほっとする。
何だ?先程までの雰囲気。
「君は確か陛下の侍従をしているウェルフ君だったかな?」
ファインさんがどす声の主に向き直る。
ウェルフさんの片眉がわずかに上がった。
「はい、愚兄がいつもお世話になっております。それより宰相補、あまりルイ様を困らせないでもらいたい。貴方がいつもお相手なさっている女性方と同じように彼女と接するのは、いささか軽率のように思われますが。それにこの部屋は……」
あ……あれ?
き、気のせいかな。
あの声出したのってウェルフさん、だよな?
それとも別の誰かだったのだろうか?
ファインさんがウェルフさんに反応しているから、やはり声の主はウェルフさんで間違いないのだろう。
ウェルフさん、今は落ちついた声を出している。
先程のどす声とは大違いだ。
さわやか笑顔の好青年執事風な容貌で、とてつもなく丁寧に説教をファインさんにしている。
ファインさんが少し押されている?
ウェルフさんって、どちらが素なんだろう。
それにしても、これは長引きそうだな。
今の内に洗濯物でも取り込むか。
気になって仕方がない。
で、取り込もうとしたら、女官さんにやんわりと仕事を奪われてしまった。
すみません仕事増やして。
「ルイ様、どうかお座り下さい」
ナリアッテが気を利かせて椅子を持ってきてくれた。
やはり気が利くなぁ、ナリアッテ。
暫く座って二人の様子を眺めていたが、ウェルフさんの説教が止まらない。
どうも個人的に色々あるみたいで、先程のどす声は私を止めたというよりはむしろ布石に過ぎなかったようだ。
ファインさんの芸術的な綺麗な顔が、段々と焦りで人間味を帯びてきた。
あ、なんかファインさんのあの表情いいな。
やばい、Sっけないはずなんだが。
「解った。解ったから、ウェルフ君。その件は君の兄上も更にその上も了承済みなんです。だから落ち着いて。そろそろ本題に入らないと、私の補佐が無表情で怒りながら承認書類の山を担いで無言で確認をしにやってくるんだ。しかも下手な回答をしようものなら、あの怜悧な空気がさらに圧迫感を伴って襲いかかってくるのですよ。解りますか?あの恐怖を。それに、最近磨きがかかってきていて……」
ファインさんが何だか必死にウェルフさんを説得にかかっている。
補佐というのは宗谷英規の事だろうか?
ああ、でもなんか判ります、ファインさん。
うちの社の集団謝罪事件の時の宗谷さん状態ですね?
あの冷たい鎌鼬の様な視線ビームを放たれてしまえば瀕死は免れません。
ええ。
しかも磨きかかっているとか。
やめて、恐ろしい。
わ、笑えないぞ。
え?
もしかして来るのか?
ここに来るのか?
あ、なんか某ホラー映画のテーマソングが頭の中に。
「ふぁ、ファインさん。ほ、本題入りましょう、今すぐ入りましょう。そうしましょう」
「そ、そうですね。始めましょう。本日よりルイ貴方の教育係をさせていただきます。予定では……」
扉のノックがなったので話が中断した。
噂をすると影というが、まさか。
思わずファインさんと目が合う。
「失礼します」
……来た。