207.
ウェルフさんに伴われて入ってきたのは、なんとファインさんだった。
これにはビックリ。
まさか国の重鎮が来るとは思わなかった。
政務はいいのか。
「ルイ。お久しぶりです。夜会以来ですね。ああ、やはりおき…」
ファインさんが何やらお世辞を連発し始めた。
よく平々凡々な私にこれだけお世辞が出てくるなぁ。
この、天然お世辞製造機め。
ひとまず、窓の外を眺めてやり過ごす。
すっかり取り込むタイミングを失った洗濯物が目に痛い。
もう、諦めるべきかな。
ああ、そういえばヴィンテージワインもそろそろ何とかしたい。
せっかくのワインが……
せっかくのワインが!
「……ですね。貴女が行方不明だと聞いた時には、血の気が引きました」
あ、少しまともな話題。
意識がファインさんに引き戻された。
聞けば聞くほどこちらが恥ずかしくなってくる、ファインさんのお世辞を回避するために、この話の流れに乗っておこう。
「ああ、どうやら心配をおかけしてしまったようですね。御挨拶に伺いもせず、申し訳ありません。こうして無事に帰ってこられました。お陰でまたファイン様にお会いすることができました」
まさか心配かけているとは思わなかった。
ファインさんとはそれほど会っていないから。
知らない所で気にかけていてくれたのか。
それにしても、あの10日間は本当によく生きていたよ。
死ぬかと思った。
リプファーグともども生きて帰る事が出来て良かった。
濃い10日間だった。
まだそれほど経っていないはずなのに、まるではるか昔の事のように思える。
あ、リプファーグって今どうしてるんだろう。
今度ウィルに聞いてみよう。
「嬉しいことを言ってくれますね。ですがあんな思いはもうごめんです」
ん?
ファインさん、少し距離近くない?
それとなく離れる。
「ご迷惑をおかけしました」
「あの時は、情報が届いても噂程度で、しかも誤った情報も流れ詳細も判らず……かといって確認するために自ら現地に赴くことすら出来ない状況だったのです」
あれ?心なしか先ほどよりも近づかれてる?
「え、ええと?」
ファインさんの超媚麗スマイルが目の前で炸裂した。
それをたまたま見てしまった女官の1人の体がフラリと傾ぐ。
対女性兵器?
あれ?
もしかして、少し怒ってたりするのだろうか。
ファインさんの目が何となく笑っていない気がする。
上手く隠されているけど。
後ろに下がり続けると、どんっと壁にぶつかった。
どうも後ろは壁だったらしい。
これ以上は進めない。
ファインさんが再びにこりと笑う。
「とにかく、無事でよかった」
私をはさんで両手を壁につけたファインさん。
げっ。
私の頤に手をかけて顔を上向かせる。
綺麗な顔が目にドアップ。
って、どういう状況よこれ。
少し焦る。
国の重鎮に暴力振るうわけにもいかないし、どうやって逃げるか……
見える範囲で人を探す。
セラ小隊長はなんだか微妙な表情でこちらを見ている。
女官たちは手に手を取って何故か喜んでるし。
ナリアッテもまたすごいキラキラした目でこちらを見つめている。
しかも何かを期待しているらしい
何を期待している、何を。
やはり他力本願は難しいらしい。
「あああの、ファイン様?」
「何でしょう?」
何でしょう?じゃない。
この流れ絶対おかしい。
「ファイン様、その、手を」
うわぁ、それ以上顔を近づけちゃまずいって。
「おい、黙って見てればこの野郎」
緊急事態なので自分で何とか脱出をと考えた所で、血の這う様な声音が聞こえた。
正直どすが効きすぎて誰の発言か判らない。
誰だろう?
とにかく助かった様な気がする。