204.
シンヴァーク様の部屋へ近づくにつれ、付近の騒めきが大きくなっていく。
「あ、レイ様」
普段この場所では聞くことのない、女性の声。
部屋の前に集まっている人垣の隙間から、幾人かの女官とドレスの山が見えた。
ドレスの山が。
山。
無意識にUターンをしたところをセラ小隊長に捕まる。
「どこへ、行く?」
「あ、いや、馬の様子が急に気になりまして。何か呼ばれている様な気がするんです。いかなきゃ。それよりセラ小隊長、なぜここに?」
「それは、その、あー、やはり部下のじょ……いや、仕上がりぐ……でもなく、まあその、な?気になるから、な?」
セラ小隊長は何かを誤魔化そうとして失敗したようだ。
嘘とかつけなさそうだな。
もしかして、暇なの?
「騒がしい」
シンヴァーク様が放った一言が、静かに廊下に響いた。
セラ小隊長が、私に手を伸ばそうとした状態で固まる。
ちなみにその手は、どこに向かってますか?
頭の上ですか?
そうですか。
この人、いくつだと思ってるんだろ……
どう見ても自分の方が年上、いや考えるまい。
先程のシンヴァーク様の一言で、部屋の前に集まっていた有象無象が、一斉に廊下の脇へと寄っていた。
あ、帰らなかったんだ……
思わず、物見高い騎士達にじとっとした目を送ってしまった。
彼らが道をあけたことで、7人の女官とドレスの山がはっきりと見えた。
その光景に驚いたのか、今度はシンヴァーク様が固まっている。
とりあえず中に入るか。
部屋の扉の錠を開け、死地へと一歩踏み出す。
女官さんたちも続いて入ってきた。
シンヴァーク様は石化したままのようだ。
どうしたのだろうか?
先程ドレスの山だと思っていたものはよく見るとナリアッテだった。
彼女がドレスを抱えていて、端から見れば埋もれていて山のように見えていたようだ。
何着持ってきたんだ、それ。
て、しかも2人がかり。
え?もしかしなくてもこれ全部着たりする?
今から?
うわぁ。
そんないい微笑みをたたえるとか、一瞬ポッライオーロのルクレツィアとかラファエロのジョヴァンナ・ダラゴナとか思い出したが、今から始まることには戦慄しか覚えないから。
次にナリアッテが何を言うのか戦々恐々としながら身構える。
「後程、シンヴァーク様の身の回りのお世話をする侍従と礼儀作法の先生をご紹介いたしますわね。レイ様。まずは、お覚悟を」
夜会の時に比べたらましとは言え、7人官女のパワーはすごいとしか覚えてなかった。
どさくさに紛れて胸触って確認するのはやめてくれ。
女だから。
女だから、私。
そこで残念そうな顔する人何なの?
逆になんで喜んでるのそこの人。
どれだけ疑われているんだ私。
いやいや、再確認しなくても女だっての、だから胸触るな。
女の子からセクハラされるとは思わなかった。
今顔真っ赤だろうな、色んな意味で。
え?サイズ合わせなだけならメイクいらないでしょう?
「必要ですわ」
はい。
あ、よく見たらファンデーションの色があってる。
メイクがナチュラルだ。
少し嬉しい。
ナリアッテがドヤ顔している。
お世話かけました。
きっとこのドレスのサイズも、今回の為に合わせたんだろうな……って、いつから準備を。
少し冷や汗が流れる。
「この中ではその色がルイ様にはお似合いですわね。他のお召ものもお似合いになられていたのですが、そちらが一番ですわ」
他の女官の方も頷いている。
ロイヤルブルーから黒へと変わるグラデーションの生地に、裾の方にはよく目を凝らすとボルドーの繊細なレースがあしらわれている。
もうこのドレス自体作品と言っていいのではないだろうか?
「さ、せっかくですから、他の殿方にもお見せして驚かせてさしあげましょう」
え゛?
いやいや、ナリアッテさん?
見せる必要どこにもなくないですか?
「あら、シンヴァーク様も今回、ルイ様とともに任務に御就きになるのでしょう?それから、暫く本来のお姿にて生活なさるとお伺いしていますわ。でしたら何も問題などございませんでしょう?」
鉄壁の笑顔に完敗しました。
もうどうにでもなれ。
ピエロになってやる。
かかってきやがれ、こんちくしょう。