198.
振り返ると眉間にしわを寄せたシンヴァーク様のご尊顔を拝し奉り候ふ事…
駄目だ、混乱している。
ヴォイドの怒りも相当怖かったが、私に向かうことがなかったのである意味安心していられた。
だが、シンヴァーク様のロックオン先は私だ。
もろに怒りを向けられている。
殺気を含んだものだとか完全に敵だと分っている分の感情は素直に受け止められるのに、そうでない場合はどう受け止めていいのか解らない。
特にシンヴァーク様の場合は、なぜ?ではなく何?を知らなければならないので尚更だ。
面倒くさい。
「お前は、何者だ」
低い声で言うからど迫力。
ヴォイドが氷でウィルが雷なら、シンヴァーク様は炎だ。
お願いだから消し炭にはしないで。
「何者……ですか?」
とても哲学的な質問をされているような気がするが、さてどう答えればいいのやら。
「なぜお前のような者が、陛下付きの侍従と知り合いなのだ?普通なら陛下付きの侍従と会う機会などほとんどない。なぜなら、陛下の部屋と謁見の間など陛下の行動範囲内でしか活動していないからだ」
つまり、陛下と直接会った事がないと、侍従と知り合う事はないはずだと言いたいのだな。
あれか、侍従長とも会ったと話をしたら、さらに怒るんだろうか。
「シンヴァーク様は宰相補司をご存知ですか?」
「……ああ」
唐突すぎる質問をしたので、訝しげな眼で見られた。
「彼は私と同郷のものです。この国とは違う異郷の者が珍しかったのでしょう、陛下より彼と共に晩酌に呼ばれまして。その時の担当がウェルフ様だったのです」
シンヴァーク様の不機嫌が最大になった。
眼に宿る色は嫉妬だ。
今までの怒りは、私の出来の悪さとそんな従騎士しか手に入らなかったことゆえだったのが、今ので完全に嫉妬に変わった。
11番隊に対する誇りと騎士団に対する思いがただ大きいだけなのかと思っていたが、どうやらそれだけではないようだ。
「副団長に宰相補司、陛下付きの侍従、果ては陛下まで。そうそうたる人物だな」
もはや怒りを隠そうともせずに言うシンヴァーク様。
ヤバイ、相当悪酔いしている。
シンヴァーク様が飲んでる酒の銘柄をよく見ると、ハイジェクとなっている。
あれ、1度飲んだけど結構度数あったしなぁ。
ストレートで飲んでいるがそれがまずいんじゃ?
「そ、そうですね」
今あげられた人物以外にも結構会ってるからなぁ私。
知っている人物の名前全員挙げたら、クビにされたりするのだろうか。
それは嫌だ。
「……他にもいそうだな」
あれですか、女と浮気している亭主ってこんな気分なんですか?
怖っ。
で、言っちゃいましたよ。
私の交友関係からただの知り合いに至るまで。
別に機密でも何でもないから話しても問題ないけど。
クビになりませんように。
そうだ、クビにされそうになったら、あの棚にあるシンヴァーク様の酒をしこたま飲ませて記憶を飛ばしちゃおう。
そうしよう。
うん。
「信じられん。到底会う事のかなわない人物も多い。本当に何者だお前」
以前にも同じような質問をされたのでその時と同じ答えを返しておく。
「簡単なことです。災難に合えばいいんですよ」
気付いたら牢屋に入れられていたとか、奴隷にされて売られかけるとか、森で遭難して洞窟に落ちて10日ほど彷徨うとか、あれ?
私ってなんでこんなにトラブル抱えてるんだろ。
地球にいたころだってここまでは、いや酷かったな。
10代はトラブル続きだった。
体質か?
体質なのか?
どう考えても自分で首突っ込んだ案件は5本の指ほどしか思い当たらない。
先日副団長の言葉が思い出される。
トラブルは向こうからやってくる。
いやだ!
「ともあれ、私はただの一般人です。たまたま英規=宗谷と同じ故郷の出身という理由で当初珍獣扱いをされました。その珍獣時代に築いた人脈が、まだ途切れていなかった。ただそれだけです。今でも繋がりがあるのは、本当に幸いなことですが」
シンヴァーク様に穴が開くほど見られている。
いや、どこからどう見ても一般人ですって。
「ふん、大体お前は何もできなさすぎる」
本当に酔ってる。
どっから話持ってきた。
でも、言い返せません。
猛省。
そこから、ずっと説教された。
本当に悪酔いしているらしい。
「聞いているのか!?」
いえ、聞いていません。
「……そうであるからして、そう思わないか!?」
いえ、解りません。
「くそ、何故ふられたんだ。俺のどこが悪い」
ふられたのか。
お気の毒に。
「同情などいらない。端的に説明しろ」
いや、あなたと会ってまだ一週間も経ってないのですが、何を説明しろと……
「はぁ。顔は良いです。性格に問題があるのでは?」
適当に言ってみた。
「なんだと!?」
怒られた。
「まぁ、年長者から言わせてもらえばですね……」
「なんだって!?」
聞き返されたので大きめの声で話す。
「年長者から言わせてもらえば、完璧主義というか細かいというか、相手に対する要求が大きいのでは?人生短いんです。もっと肩の力抜いてもいいように思いますが」
酒瓶を取る。
「なにを……」
「いいですか!?本当に人間の寿命は驚くほど短く脆いのです。あっという間にそして簡単に人は死ぬ。どれだけ救おうとしても……」
手のひらに酒を少しこぼす。
「指の間から命なんて容易く零れていってしまう。このように」
もったいないので、汚いが手のひらの残りの酒を飲む。
指までなめてしまった。
はぁ、おいしい。
もっとほしいが、ここは我慢。
名残惜しげに瓶を見るのだけは許してほしい。
「おまっ」
「本当に人の命は短い……」
なのになぜ死に急ぐのだろう。
「貴方の体が自由に動くのはたったの50年です。シンヴァーク様。その内の20年を貴方は費やした。死に際に、今動ける自分を振り返り、後悔しませんか?せっかく自由に動く体があるんです。やりたいように、やればいいのではないでしょうか。合法かつ常識の範囲内で。第三者から見れば貴方は窮屈そうに見える」
シンヴァーク様が真剣に悩みはじめた。
いや、そこまで考える必要はないでしょうが。
「あと、そうですね、1つの事だけに打ち込むのもよくない」
「なぜだ」
「たまに見るんです。1つのものを追いかけ続けて挫折して、身持ち崩す人。出来れば性質の違う別の何かも見つけておくべきだ。1つの事に打ち込む姿勢は、確かに素晴らしい。信念があって。ですがそれではあまりにも視野が狭い。本来別の事にも打ち込めるはずなのにそれを切り捨てるわけですから。そうではなく、別の何かにも目を向けるだけの余裕を人生にはほしい。先ほども言いましたが、残りわずか30年しかないのです。思い切り人生を楽しみなさいという話ですね」
ああ、素面でこんな話をするなんて、今日は疲れてるんだな、私。
シンヴァーク様が黙ってしまわれたので、私はその場を辞して寝た。