187.
側に行こうとして、手に持っているエウェジークの瓶を思い出す。
あちゃあ。
これはあまり乱暴には扱えない。
相手は幸いまだこちらに気付いていないが、逃げられると走って追いかけられない。
出来るだけ気配を消し、相手に近づく。
「あの、すみません」
声をかけてみる。
私にはやはり気付いていなかったようだ。
「うわっ。な、なんだ!」
盛大に驚かれる。
「先輩に相談がありまして」
「は!?あ、いや、なんだ」
「実は、本日の朝のことなのですが、シンヴァーク様の部屋に侵入者がありまして」
先輩従騎士の顔を見ると、目が泳いでいる。
なぜそんな判りやすい顔をするんだ。
やるなら徹底的に否定してくれ。
萎えるだろう。
「部屋の中が荒らされたりしたのですが、シンヴァーク様の隊服までいたずらされてしまいまして」
「それは大変だったな」
大変だと思っていない顔で言われても、逆にこちらのリアクションに困る。
続ける。
「いえ、それは別にどうでもいいんです。解決しましたから」
「……そうか」
解決、でいいんだよな。
「ええ。それから私の私物も全て盗まれたのですが」
「そうなのか。また災難だったな」
演技下手。
「ええ、まぁ。私の私物も本当はどうでもいいんですけど」
どうでもよくないけどね。
服はないとやっぱり困るし。
人からの頂き物だし。
気に入ってたし。
着る機会ないけど。
相手はどう返事していいのか、判らなくなったようだ。
沈黙している。
「盗まれた私物の中で1つだけ問題がありまして」
「そうなのか?」
「はい。で、その問題を解決するために一度返して欲しくて」
「なるほど、それは大変だな」
「でしたら、先輩。返していただけますよね?」
ああ、自分からぼろを出さないで。
そんなはっとした顔されたら、犯人は自分ですって言ってるような物だって。
何でこんなに単純な性格なのに、嫌がらせしようとか思うんだろ。
命令されたとか?
何だかこの従騎士の将来が心配になってきた。
「やはりあなたなのですね?」
「何の事か判らない。君の戯言にはこれ以上つきあってられないよ」
そう言い捨てて回れ右をして去ろうとする。
どうやら走らないようだ。
さすがにここで走るようなら、本気で将来の心配しなければとか思ったが、その必要はないようだ。
後をつける。
もちろん気配は消して。
たどり着いた先は、シンヴァーク様の部屋と同じ階にある部屋だった。
先輩従騎士の部屋なのかもしれない。
その部屋をノックする。
私の姿を認めた途端、ドアが勢いよく閉まる。
悪徳セールスよろしく、足を扉の間に入れてもよかったが痛い思いをするのは嫌なのでやめた。
正解だったようだ。
仕方がないから、扉の外から話しかけよう。
「あー、立て篭もり下着窃盗犯に告ぐ」
中にいる窃盗犯に聞こえるよう、扉に張り付き大きめの声で伝える。
「誰が下着窃盗犯だ!」
すぐに返答があった。
聞こえたようだ。
よかった。
「あー、立て篭もり下着泥棒に告ぐ。今すぐそれを私に返しなさい。さもなくば……」
「だから、俺は下着泥棒ではない!」
どうやら、違うようだ。
「あー、立て篭もり……下着収集家に告ぐ。君の所持している下着の中には、速やかに返却もしくは処分しなければ、保管してある部屋が明日以降使用出来なくなる可能性がある」
ここまで言えば、さすがに返してくれるだろう。
返してくれないと困る。
「俺は、収集家ではない!使用出来なくなるとはどういう意味だ!?」
どうやら返す気になってきたらしい。
後もう一押しか。
「君が持ち出した下着の中に、使用済み下着類が含まれている。本日洗濯予定だったものだ。その中には、昨日の掃除などでついた汚れが悪臭を放つ可能性があるものも含まれている。速やかに……」
「おい。何事だ?」
大きめの声を出していたので、聞きつけたのかもしれない。
通りすがりらしき騎士に問いただされた。
「そういう経緯で、この中に下着好事家が立て篭ったため、私の使用済み下着を返すように現在交渉中です」
経緯をかいつまんで説明した。
「変態か」
ぼそりと騎士がつぶやく。
「判りません」
「男の下着を持っていく時点で変態だろう」
「断定は出来かねます。たんに私への嫌がらせかもしれません。そう言う意味で言えば、彼の嫌がらせは成功していると言えます。自分の使用済みの下着を見知らぬ他人に用途不明で所持された上に、明日からは下着未着用で過ごさねばなりませんから。服は借りられますが下着は借りる事が出来ないので。さらにその事を第三者に知られましたので、この国の裏側まで穴掘って入りたい気分です。ああ、恥ずかしい」
「あ、いや、あれだけ大きな声を出していたら、知れ渡って当たり前ではないのか?」
あ。
「で?その下着泥棒とやらがこの中にいるのだな?」
「いえ、好事家です」
本人曰く違うらしいので訂正しておいた。
「なお悪い」
「だから、俺は泥棒でも好事家でも何でもない!」
中から飛び出てきた。
「違うんですか?」
「違うのか?」
騎士と視線が合う。
「あ、イウフジャミーク様」
どうやら、この騎士の名前らしい。
「ハンクペアツァ殿の従騎士だったな。悪い事は言わん、下着を返してやれ。後、そう言う性癖は彼の嫌うところだろう、改めたほうがいい」
「誤解です。俺は何もしていない。そいつが勝手に騒ぎ始めたんです」
「そうなのか?」
「彼が持って行ったという確たる証拠はありません。すれ違いざまに見せられた、残念笑顔以外は」
「残念笑顔?」
「はい。百年の恋も冷めてしまうような笑顔でした。顔がいいだけに残念です」
「どんなものか非常に気になるが、確かにそれでは犯人と決め付けられないな。どうだろう、念のために部屋の中を見るというのは。何もなければ問題ないだろ?」
下着愛好家の従騎士の顔が、勝ち誇ったようになった。
「双方異論なければ、早速見てみよう」
「私は問題ありません。下着愛好家先輩は?」
ぎろりと睨まれる。
「問題ありません」
そうして、部屋の中を確認する事になった。