184.
結局鍵の事とボタンの事はわからずじまいだ。
どうしよう。
11番隊の宿舎に戻ると、人の侵入形跡があった。
一見何もされてないように見えるが……
入室したのがシンヴァーク様だったらいいのだが。
PCをチェックする。
画面には、今朝すれ違った従騎士の男が侵入した様子が映し出される。
私の部屋に入っていく。
残念ながら、何をされているのかはこのカメラの角度からは判らない。
あ、出てきた。
何か持ってる?
何を持ち出していった?
自室に入って、何がなくなったか確認する。
調べた結果、服と下着だった。
え?
今日の着替えがない。
地球産のものは上手く隠してあるから被害がなかった。
それ以外の荷物全て持ち出されたようだ。
武器も無くなっている。
荷物少ないから、簡単に持っていかれたようだ。
さて、どうやって取り返すか。
いや、それより先にシンヴァーク様の事を考えねば。
隊長の服を眺めやる。
はぁ。
思わず溜息が出た。
とりあえず、服は御自分で着ることが出来るから、任せよう。
だが、ただでさえ出来ない子扱いの上、心象も悪くしている。
出来ないので自分でやってくれなどとはとても言えない。
うーん。
ウィル。
ウィルか。
彼なら快く教えてくれるだろうか。
よし、夜聞きにいこう。
後は鍵だ。
鍵と言えば、仮隊士用食堂の鍵を持っていたフォグフォードさんを思い出す。
何か知っているかもしれない。
一度聞きに行くか。
いや確か厩の隣に住まいがあるとか言っていたな、副団長。
よし、今すぐ行こう。
厩に着くと独特の臭いがした。
地球の馬の臭いとは若干異なる、不思議な臭い。
嫌いじゃない。
フォグフォードさんの小屋はすぐ隣にあり、迷うことが無かった。
「失礼します」
「何か用か?」
年齢60代の男性が、何かの金属製品を加工しているのが見えた。
あの人がフォグフォードさんだろう。
「ええ。フォグフォードさんでよろしいですか?実は折り入ってご相談がありまして」
今までの事情をかいつまんで説明する。
話を聞いていくと、どうやら鍵全般のエキスパートのようだ。
あと趣味で馬の管理もしているらしい。
「隊長に報告した方がいいのではないかね?」
「はい。ですがまだ犯人の特定が出来ていない以上、大事にしないほうがいいのではないかと思いまして。主騎士であるシンヴァーク様もまだご存知ありませんし。とりあえず防犯上の面により、扉に設置したいと思いまして」
「なるほど。しかし妙だな。普通騎士部屋には錠はついていると思っておったんだがの。何番隊だ?」
「11番です」
「ああ、あそこは増築しているからな。もしかしたら後で増やした部屋かもしれん。少し待っておれ」
程なくして、工具と錠らしきものをフォグフォードさんが持ってきた。
「ほれ、これで取り付けるがいい」
「取り付け方をお教え願いますか?」
いきなり渡されても付け方分らん。
「何、簡単なものだ」
そう、フォグフォードさんにとって簡単で、私にとってはボタンの次に難解な錠の設置方法をレクチャーしてもらった。
何とか教わった通り部屋の扉に設置する。
うわ、木屑だらけだ。
又掃除しなきゃな。
木屑は侵入者の足跡になってくれるかもしれないので帰ってくるまで放置。
鍵はあえてあけたままで工具を返しにいく。
犯人を捕まえないと、私の着替えが手に入らないし。
「出来たか?」
工具を返しに戻ると、笑顔で出迎えられた。
いい人だな、と思う。
「ありがとうございました。これで安心出来ます」
私が答えると満足そうな笑みが返ってきた。
「ふむ、お主の騎士はシンヴァーク殿と言ったか?」
「あ、はい」
「馬の世話は大変じゃろ?」
馬?
ああ、そうか、この人馬好きだって言ってたな。
「あ、いえ、まだ世話した事が無くて。従騎士業務は本日からですので」
「そうかそうか。シンヴァーク殿の馬は大変じゃぞ?軍で飼いならされた物ではないからな」
そういう馬もいるのか。
フォグフォードさん曰く、自分専用の馬を持参する貴族もいるそうな。
話の流れで、シンヴァーク様の馬のところまで案内してもらう事になった。
基本ここの馬は一日2回飼い葉をやり、その時に毛繕いしてやるといいらしい。
水は常に新鮮なものをやるらしいが、騎士も忙しくなかなかそこまで手が回らないため世話が行き届いていない馬は、フォグフォードさんが代わりにしているとの事。
中には丸投げをする騎士もいるとか。
ついでなので色々世話の仕方のコツを教えてもらう。
地球の馬との違いもあるだろうし。
教えてもらった上で、一度トライしてみた。
シンヴァーク様の馬がなかなか大変というのがよく判った。
飼い葉をやっても見向きもしない、人見知りの子のようだ。
「いい子だ」
目を見て笑顔で話しかけてみる。
敵ではない事を全面アピールしながら。
地球にいたころはそうしていたが、はたして。
こちらをチラッと見た。
なるほど。
どうやら私に興味がないわけではないらしい。
ただプライドが高いのだ。
「始めましてだね。私はレイ。今日から君を世話する事になった。よろしく」
気難しい馬はいきなり触られるのを嫌がる。
だったら根気よく話しかけ、さり気なく触るほうがいいだろう。
話しかけられるのも嫌がるようなら、あきらめるしかないが、この子はそうでもないらしい。
観察されている。
「シンヴァーク様と一緒だね。すごく警戒している」
観察されている。
「私は、何もしないよ。ただ君に触れたいだけ」
観察されている。
「どうか、君に触れる事を許してほしい」
観察されている。
「駄目かな?」
観察されている。
ここまで見られると照れるな。
きれいな目だ。
吸い込まれそう。
思わず手を伸ばす。
しまった。
鼻の部分に触れてしまった。
嫌がるか!?
と思ったが、大人しかった。
思わず笑みが浮かぶ。
どうやら触ってもいいと、許しが出たようだ。
いい子だ。
「ほぉ。おぬしやるなぁ。馬の世話は始めてじゃなかったのか?」
「この種ではないですが、似たようなものの世話をした事がありまして。この種の馬は始めてです」
「そうかそうか。シンヴァーク殿の馬は結構気難しいのだが、どうやら気に入られているようだ。その調子で世話をしてやってくれ」
そういって去って行った。
引き続き毛繕いを続ける。
ああ、癒される。