182.
副団長室に向かい、中に入ると肝心の本人はおらず代わりにアリーオさんがいた。
「お久しぶりですね。その服を着ているという事は、従騎士になられたんですね」
相変わらずやわらかい笑顔でらっしゃる。
「アリーオ様、ご無沙汰しております。無事に従騎士となれました。といっても、慣れないので半人前もいいところなのですが」
「そうですか。今は色々と、大変だと思います。そうだ、こちらへ移る気はないですか?」
「こちら?」
「ええ、騎士団補佐として。いいお話だと思うんですけど。あなたにとって。そう悪い話でも」
「おい、アリーオ。人手が足りないというのは知っているが、うちの騎士を誘惑するのはやめてくれ」
あ、副団長。
隣の部屋から出てきた。
騎士団補佐って人手足りてないんだ。
「お前はもういい。去れ」
「はは、了解。それでは副団長、先ほどの件通達しておきます」
「頼んだ」
アリーオさんが、敬礼しこちらを見た。
「レイ、ルイって呼んだほうがいい?今の話、考えておいてくださいね」
立ち去り際に静かに耳打ちしてこの部屋を出て行く。
本気っぽい?
「本気にするなよ?」
副団長の言葉に苦笑で返す。
「で?話って?もしかしてアンヴォイドの事か?」
「……いえ。その事を聞いても答えてくれるとも思わないので。まずは急ぎの案件から」
私がそういうと驚いた顔をする副団長。
確かに色々問いただしたいが、今はよそう。
「急ぎの案件?」
「はい、実は少し困った事が起こって」
「聞こう」
「ありがとうございます」
礼をする。
顔を上げると、副団長がなぜか複雑そうな顔をしていた。
そう言えばこの間も敬礼をすると、同じような表情してたな。
なんでだろう。
「私は今11番隊のシンヴァーク様の従騎士をしておりますが」
「知っている」
「つい先ほど少しヘマをしました。そのせいで、シンヴァーク様の明日以降の隊服の替えがなくなってしまったのです。そこで体格が似ている副団長のを借りられないかと思いまして」
「嘘が下手だな。お前がそんなヘマをするとは思えない」
「買いかぶりすぎです」
正直に話してもよかったんだけど、あまりにも些細な事すぎて詳しく話す気になれない。
「まぁ、いい。俺のでよければいくらでも持っていけ」
「よしっ」
思わずガッツポーズ。
少し多めに借りておこう。
「じゃあ4着ほど借りていい?」
「ああ。隣の部屋にあるから、適当に持っていくといい」
頼んでみるもんだな。
これで、クリアだ。
「もしかして急ぎの案件ってこのことか?」
「そうだよ?」
拍子抜けしたような顔をされた。
もっと厄介事でも持ってくるとでも思ったのだろうか?
「今日中に手配しないと明日の分が無かったから、困ってて。裸で訓練させるわけにもいかないし」
「……そうか」
副団長はあからさまにホッとしたような表情になった。
ん?
眉間に皺がよってきた。
何か逡巡しているようだ。
なんだ?
「それはいいとして、アンヴォイドのことだが……」
切り出しにくそうに言う。
そのことか。
再度言ってくるという事は、副団長なりに気にしているらしい。
「ああ、なぜヴォイドの上官から中止命令がなかったのか?とか、私が引導を渡す必要があったのか?とか疑問は数多にある。すでに用意していたヴォイドの偽名の事を考えたら、ちゃんと護衛としての彼の居場所は準備されていた。にも関わらず、わざわざ副団長自ら私に命令して任務を解かせた。その事を考えると、何か急ぎの命でもきたんじゃないか?と思って。だからこの件に関して何も聞かなかったし、言わなかった。理由を話さないという事は、私が知っていいべき事じゃないから。違う?」
私がそう言うと驚いた顔をする。
事前に従騎士としての名前を用意していたにも関わらず、急に元の任務に戻れだもんね。
何かあるとか思うでしょ、普通は。
理由のわからない命令というのは、何らかの組織に所属していればよくある事だ。
下っ端であればあるほど、知らされない。
知らされない内容が多ければ多いほど、厄介ごとの度合いは大きくなる。
下っ端が出来る事といえば、その理由を上司に聞いたという体裁を整える事だけ。
理由は後からついてくる。
それを信じる信じないは別として。
知りたければ薮をつつけばいい。
出てくるのは、蛇どころの話ではないだろうが。
「詳細は聞きません。ただヴォイドと会えないのは少し残念に思います。もし許されるのであれば、又会いたい。私は、いえ私達同期会はいつでも歓迎すると、彼に伝えてもらえますか?」
副団長を見ると、安堵の顔をしていた。
やはり詳細は聞かれたくなかったか。
まぁ、聞いたといてもろくでもない事だろう。
危機回避のために聞かないという選択もありだ。
蛇嫌いだし。
「ああ、約束しよう」
「よかった」
ホッとする。
伝言だけでも伝えてもらえれば、気が楽だ。
「あ、そうだ。もう1件お願いがあるんだけどいいかな?」
「なんだ?」
副団長の席に近づく。
やっぱりだ。
このボタン。
今日のうちにかけ方覚えよう。