177.
11番隊隊長に挨拶するために士官舎へと向かう。
副団長の執務室のある所だ。
同じように挨拶に向かっている、元仮訓練生たちの姿がちらほら見える。
ジェイやクィリムとは士官舎の中で別れた。
「入れ」
入室許可が出たので入る。
「失礼します」
「名を」
隊長は何かを記入している、あの人だろう。
側に立って隊長と話しているのが副隊長とみた。
「はっ。レイ=タダノ=オカシズキー=ド=ジャポンです」
「ヴォイド=サドロチューラ」
ヴォイドが言った途端、はっとしたように隊長と副隊長が顔を上げた。
顔が引きつっている。
ヴォイド、いったいどんな脅しを。
「申し訳ないが、先にレイ=タダノ=オカシズキー=ドジャポンから始める」
ヴォイドが退出したのを見届けると、あからさまに安堵する2人。
だからどんな脅しをしたんだ、ヴォイド。
「レイといったか、まずは11番隊の隊規から…」
これは寝る。
長い。
「であるからして、この隊規に従うように」
「はっ」
聞いてなかったよ。
「次は、すでに説明があったとは思うが、従騎士として従事する前のことについてだ。事前にある程度の知識を身につけてもらう。円滑に従騎士として活動するために必要な事なので、心して取り組むように。騎士に従するのは、その後になる」
「はっ」
「今回えーと、お前が担当となる騎士の名は、クエウア=アクルナエ=ペオリ=シンヴァークだ。11・12番隊用宿舎の3階右奥から2番目の部屋がそうだ。部屋の中に従騎士用の待機室があるから、今日からそこがお前の居場所になる。荷物は今日中に運ぶように。夕食時、従騎士のみ集まりそこで騎士との顔合わせをする。それまでは自由行動だが、訓練の見学は邪魔さえしなければ自由だ。何か質問は?」
「はっ、集合時間はどれくらいでしょうか?」
「日が沈むころ、各部屋に呼びに行かせる。それまでには戻っているといい」
「了解しました。私のほうからは以上です」
「そうか。ならば、荷物の運びいれを今から行うといい。これからも励むように」
敬礼で返す。
外で待っているヴォイドが中へ入り、しばらくしたらイライラしながら出てきた。
なんか怖いので、聞かずにおいた。
その日は荷物の運びいれをするだけみたいなので、かなり時間が空くことになる。
何をしようか。
やはり訓練の見学だろうか?
「レイ、その少しいいですか?」
「ヴォイド、どうしたの?」
11番隊用の宿舎へ行く途中、ヴォイドに呼び止められる。
「その、警護の事なのですが」
少し言い辛そうだ。
「うん」
「今まで通りにというわけには、いかないようです。行動範囲を出来るだけ同じくするために従騎士となりましたが、どうやら今回従騎士を必要としている騎士が各々別行動を取っているらしく、あまり接点がない様なのです。しばしば離れる事になるかもしれません」
「私みたいな一兵卒未満が護衛付とかおかしな話だからね。こういう形でしかヴォイドが護衛できないのは仕方がないよ。ヴォイド付の従騎士だと収まりがいいけど、実質難しいよね。私に実績がなさすぎる」
「すみません。色々説得は試みたんですが」
「まぁ、今まで何も起きなかったし、私に関してはもう大丈夫なんじゃないかな?こうしてきちんと職も手に入れたし。少なくとも、レイの時まで護衛はいらないと思うんだ」
この数日色々考えた。
当たり前のように側にいるヴォイドだけど、当たり前に考えては駄目だって。
ヴォイドにはヴォイドの本来の職がある。
私が従騎士になるにあたって、私たちの歪な関係のせいでここまで不具合が出ているのだ。
そろそろ元に戻さなければ。
背中を預けられる存在というのは稀有だ。
側にいるのが当たり前のように感じ、安心して全てを委ねられるという存在は、なかなか出会えるものではない。
あの森で迷子になった時も、いるはずの存在がいないというのはこうも物足りない気分になるものかと思ったものだ。
怪我をおして城へがむしゃらに向かったのも、試験に間に合うためではない。
ただ、背中の空白を埋めたかった。
ただそれだけだった。
リプファーグを守るため、リプファーグの試験に間に合わせなければならないためと心に言い聞かして誤魔化してた。
でも、甘えていては駄目なのだ。
ここは私のいた地球じゃない。
常に戦場にいるわけでもない。
命の危険など何もないのだ。
そろそろ開放の時だ。
みんなそれぞれの道を行く。
それでいい。
「だから、ヴォイド。あなたは本来の職務に戻るべきだ」