170.
がっちりホールドされ、抜け出せない。
身動きすればするほど、締め付けられる。
肺の中の残りの空気が、吐息のように出ていった。
さらにこめられる力に、骨がきしみそうになる。
「そ……それは……」
声を絞り出そうとして、かすれた声が出る。
怪我をした場所が急に悲鳴を上げ、抵抗していた手の力が抜けた。
さらに抱きしめられ、呼吸が苦しくなる。
「確か……に私は、女……」
「……お前は女性の身で騎士団に入団して」
耳元でささやく声がくすぐったい。
「何事もなく過ごせるとでも思っているのか?」
「は……あ……」
思わず体が反応した途端溜息のような空気が漏れた。
教官の力がまた加わる。
痛いところをつかれている。
ある程度の防衛はおそらくできる。
だけど、この状況で言っても説得力はない。
この男を説得できなければ、入団はできない。
この状況を回避出来なければ、反対派に回るだろう。
「そう……は……おも……わない。ですが!自力でな……ん……とか……しよ……ぅ……と」
呼吸が続かず、喘ぎ喘ぎ話す。
苦しい。
酸素が足りない。
「現に俺からも抜け出せずにいる」
頭をなでられる。
馬鹿にされた、悔しい。
「集団で来られた時はどうするんだ?これだけですむと思うのか?」
思わず片眉が上がる。
なめるな。
大人しくしていれば。
よし、これでいこう。
抜け出す方法を思いついたので、早速実行に移す。
顔をユイクル教官に向け、目をみつめた。
大方これだけで相手はひるむか動けなくなる。
私の顔が苦手な人ほど効果絶大。
メガネなしの時ほど威力は大きい。
私の顔特性万歳。
そう言えば、こちらへ来てから1度もメガネかけていないわ。
あのメガネどうしたんだっけ。
読み通り、教官が腕の力をゆるめた。
よし、今のうちに抜け出そうって、え!?
「……お前っ」
引き剥がされた。
びっくりした顔をし、口に手をやる教官。
驚いたのはこっちだって。
脱出は成功したが、まさか向こうからとは予想外。
「……お前は誘っているのか?俺を」
口元に手があり言葉がこもっていて何を言ったか判らない。
私と目を合わすのも嫌なのか、そのままの状態で横を向かれてしまった。
耳まで赤いのでかなりご立腹のようだ。
はぁ、久々に怒るタイプを見たわ。
たまに私の顔を見ると、目まで真っ赤にして怒る人がいるけど、これやられると結構傷つく。
顔は選べないのに。
チラッとユイクル教官を見ると、目があったがすぐに何かを堪えるように目を瞑ってしまった。
うわっ、相当怒らせた。
よし、去ろう。
「ああああの!誰がどう見ても男にしか見えない顔であったとしても、私は女でそれ以上でも以下でもありません!あれ?何言ってんだろ。逆だ。な、なるべくばれないようにしますし、迷惑もかけないつもりです!騎士団入団は本気で考えています。汚れ仕事でも何でも、やろうと思えばできます。経験もあります!ユイクル教官が、次回の審議にどのような回答をされるのか私には図りかねますが、それが私にとってよい答えとなる事を期待します。では、ユイクル教官の質問がそれだけなら、この場を失礼させていただきます!」
敬礼をして、出て行く。
「あ、おい、何を言って……待て!」
いや、待たない。
怒られるって判ってて止まる理由がない。
自分の顔が原因なら尚更だ。
さらば。