163.
「げっ」
追いついてきた。
「待て。どこに行こうとしているのか知らないが、今回の怪我の件について私には責任がある。お前の治療が終わるまでな」
あくまで逃さない気かぁ。
ついでにあなたが握っている腕は怪我をしたほうです。
痛い。
わざとか?
「私が助けなしで動ける事は、今ので十分証明出来ているはずです。一人で十分なのですが」
だからもう付いてこなくてもいいってば。
「責任があると言っただろう。それに、仮訓練の間は許可がないと医務局塔に入れない。ついでに今お前が行こうとしている方向は、研究塔通路だ」
なんですと?
どこだよ医務室。
ここは素直に指示に従うかぁ。
動けると言っても、キツいものはキツいしなあ。
「医務室はこっちだ」
どうやら医務室への通路を通り過ぎていたみたいだ。
判り辛い。
それにしても、どうやって女バレを回避しようか。
治療時は流石に周りに人はいないだろうが……
問題は医師か。
口が固い人物にあたればいいけど。
いざとなったら口止め、は無理だな。
金銭とか渡せるものが何もない……
先立つものがないと苦しい。
うーん。
悩んでいるうちに、とうとう到着してしまった、医務室へ。
扉を開け中に一歩踏み出した途端Uターンしたくなった。
「おい、どこへ行くつもりだ」
ユイクル教官に肩を掴まれ止められる。
したくなったではなく、してしまった、だな。
こんな形で会いたくはなかった。
あの表情は怒ってる気がするな。
間違いなく。
「あ、えーと、久しぶり?ナリアッテ」
再度ナリアッテの顔を見てぎょっとした。
な、泣いてる。
どうしよう。
「あーあ、レイが泣かした」
「お前ら!入室許可は出していない。出て行け!」
ユイクル教官が、後から入って来ようとしていたメンバーを一喝した。
今はありがたい。
治療中でなくてよかった。
渋々出て行く、いつものメンバープラスアルファ。
一人だけ残っているが。
何故いるんだ、担当教官。
「よっ」
よっ、じゃない。
あんたも出て行け。
「はっはっはっ、それならばユイクル殿も退出していただかなければなりませんな」
隣の部屋から出てきたのは、侍医長だった。
ナリアッテ?
「じ……侍医長!?なぜあなたが!?」
ユイクル教官がかなり狼狽している。
初めて見たな、こんな顔。
担当教官も驚いている。
「こちらの可憐なお嬢さんに誘われましてな。ほらほら、泣かずにお会いすると決めたのでしょう?」
さりげなくナリアッテにハンカチを渡すところは紳士だと思う。
和み系紳士だな。
若かりしころはさぞかしモテたのだろう。
いや、今でも渋め系が好きな女子なら範疇かもしれない。
この国こんなのばっかだな。
「それで、治療をそろそろ始めたいのですが。治療の妨げになるかもしれませんので、患者以外は退出願います。ああ、アイエネイル・ナリアッテ、少しばかりお手伝い願いますかな?」
有無を言わさない口調だ。
威厳があってカッコいいな。
「先程は、見苦しいところをお見せしてしまい、失礼いたしました。もちろん喜んでお手伝いいたしますわ。何でも申し付けくださいませ」
「ふむ、それではそこのお二方は扉の外へ」
侍医長が教官2名に退出を促した。
「ルイ様。お帰りなさいませ」
部外者がいなくなったのを確認してから、ナリアッテが口を開く。
「こんな形での再開は望んでなかったんだけど、帰ってすぐに挨拶出来なくてごめんね。それからただいま」
ナリアッテに挨拶をしたら、急に帰ってきたのだと言う実感がわいてきた。
やっぱりナリアッテに会わないとねぇ。
「麗しい女性お2人の感動の再開は目の保養になりますな。ですが、治療を急がねばなりますまい」
ナリアッテが侍医長の言葉にはっとした顔をする。
女だとばれてる?
この間の肩の脱臼の時にバレたのかもしれない。
それにしても麗しいって、侍医長もしかして老眼でも入ってるんじゃ。
ナリアッテは確実にかわいいけど。
「アイエネイル・ルイでよろしかったですかな?本当はその体勢でもお辛いのでしょう?」
医師の目は誤魔化せんか。
肩をすくめる。
「すぐに横におなりなさい。アイエネイル・ナリアッテ、隣の部屋にいる者から治療に必要な物を取ってきてくださいませんか?そろそろ先程言っておいた物が揃うはずなので」
「かしこまりました」
ナリアッテの出て行く音がする。
もう既にまぶたが半分下がってきていた。
遠慮なく服を剥かれて、治療が始まる。
「大きな傷が今日の分を含めて3箇所もある。しかもどれも新しい。ったく、こんなになるまでよく我慢できましたね。もしかして鈍感なんですか?しかも一箇所獣傷ではありませんか。この状態を放置していたら、貴女死んでいたかもしれませんよ。この状態では綺麗に傷跡を消……」
始まった瞬間侍医長が何かを言っていたが、理解する前に意識を失った。
ここに来てからいったい何回気絶したんだっけ。




