157.
部屋を出て、しばらく歩くとリプファーグを呼び止めた。
指導教官の部屋の前だったからだ。
ここでエンブレムを貰わなくては。
「リプファーグ、教官にエンブレムを貰いましょう」
「え?あ、ああ。そうだな」
どうしたんだろう。
上の空だな。
「失礼します」
中に入ると指導教官がいた。
机にあるエアエイが非常に気になる。
思わずごくりと唾を飲み込んでしまった。
うわ、これ見よがしに飲みやがって。
羨ましいな、このやろう。
「よう、迷子」
やかましいわ。
「ただいま帰還いたしました」
「おう、ご苦労。お前らが最後の帰還者みたいだぞ。で?わざわざ俺に会いに?」
「いえ」
「そこは嘘でも会いに来たと言え」
「……で、貿易都市での事ですが、エンブレムを盗られました」
「て、無視かよ」
「で、予備のものを貰えると、ジュハフィーグ治安維持隊のセジャンウィヌプさんが教えてくださいまして」
「おお!?」
なんだ、なんだ?
「なっつかしい名前だな」
知り合いか?
「ああ、すまない。かつての部下だ。それにしても、また盗難か。ここ1年間で、多いな」
教官がふぅとため息をついている。
どうやら、結構件数が多いようだ。
「分かった。予備は最終試験後に渡そう。お前ら、明日が試験だって事はもう伝わってるか?」
先程教官長から教えてもらった。
まさか試験に間に合うとは思わなかったが。
「先程教官長から」
「そうか。ではそういう事だ。明日は寝過ごすなよ」
「試験内容を教えていただけないのでしょうか?」
リプファーグが教官に質問をする。
「あ?いや、そうか、教官長なら有りうるな」
あの人説明よく省くしなあ、とか聞こえた気がしたが無視しておく方がいいのだろうか?
「あー、まあ説明するほどの事でもないのだが。明日は、対戦方式で剣を振ってもらう事になる。3対3ずつで行う。そうなると、1人余りが出てくるんだが、余ったやつはユイクル教官とやる事になっている」
そこで言葉を切ってこちらをチラッと見る教官。
うわっ、嫌な予感。
「で、余りってのがお前だな、レイ」
そのにやけ顔が腹立つ。
エアエイ全部飲むぞ、こら。
その年代が美味しいのは、リサーチ済みだ。
「お前もしかして、ユイクルに何かしたのか?」
いや?
記憶にないな。
「いいえ」
「そうか?今回の対戦の組み合わせは行軍訓練の帰着順になっているんだが、余り候補にお前の名前が上がった途端に、ユイクルが何か色々言い出してだな。挙句に対戦は自分にさせてくれとか提案してきて、反対すると色々面倒なので、そのまま決定になったんだが、その時の奴の様子が少し尋常じゃなかったのでな」
それほど私が嫌いか、ユイクル教官。
あ、なんか明日憂鬱になって来たかも。
「あの教官、私とレイとを交代する事は出来ないでしょうか?」
ん?
リプファーグ?
「は?あれ?お前らって仲悪くなかったか?」
指を指すな指を。
「まぁ、いいか。そうしてやりたいんだが、俺あいつ苦手だから説得するのは嫌」
嫌とか、子供か。
あ、いい事思い付いた。
どうやってこの話を持っていこうかな。
「そんな!」
「1度言い出すとユイクルの奴、煩いんだわ。レイとやりたがってるんだし、対戦すれば納まるだろう。おい、レイお前、一発がつんと伸してしまえ」
伸してしまえとか、教官こそ何かあったのか?
「嫌ですよ。そういう手合いって、下手に勝つと逆恨みしそうじゃないですか」
「お?勝つ見込みはあるんだな」
「勝てるかどうかは別として、負ける気ならあるという話です」
「それじゃあつまらんだろう。お前あれ使えや」
あれってなんだ?
「ほら、前の入団試験の時に団長相手に使ってたやつ。集団訓練の時にも剣術ではなかったが俺にも使ってただろう?あれだよあれ。あれ使え、な?」
ああ、あれかぁ。
「嫌です」
「早いな、おい。使ったら勝てるぞ?てか、命令。教官命令って事で決定。と言うことで、リプファーグ、お前の提案も却下な」
「そんな!」
命令って、子供じゃないんだから。
それより、よしよしこれで飲める。
「うーん、それでは飲み比べで決めませんか?私に勝ったらって事で」
食いつけ。
食いつけぇ。
「命令と言っただろうが。まぁ、いいか。よし、判った」
よっしゃ。
ユイクル教官との対戦って、どうせ真剣にやっても勝てないだろうし、相手は私の事嫌いみたいだから、まともな試合じゃなさそうだしなぁ。
正直飲まなきゃやってられないって。
グラスを勝手に用意してたら、教官にあきれられた。
「お前、初めから飲むつもりだっただろう。まあいい。よし、はじめるか。リプファーグ、そこのエアエイをこの2つに注げ」
私が用意したグラスを指差す。
「何故私が」
「まぁまぁ、気にしない気にしない」
そうして、注がれたエアエイを一口飲む。
来た来た来た、これこれ。
久しぶり、会いたかったよ。
ああ、激ウマ。
ハイピッチでエアエイ1本空けた後、ハイジェク・エウェジークと順に空けていく。
はぁ、いいお酒。
幸せ。
「やるな」
教官の一言に、ニヤリと返した。
途中からリプファーグも加わり、結局は飲み会のような形になる。
教官の持っている酒はどれもいい物ばかりだ。
外れなし。
リプファーグはエウェジーク2杯目で既に出来上がったようだ。
教官に絡んでいるが、2人の会話が噛み合っていない。
微妙に見ていて面白い。
リプファーグ、そろそろ飲むのはやめたほうが良いんじゃないかな?
教官はというとまだ酔ってもいないようだ。
私はそろそろ回り始めている。
エウェジーク2本目は流石に、きつい。
椅子の背もたれにもたれよう。
あ、この椅子座り心地いいな。
欲しい。
足を組んで肘掛に腕を置いて頬杖をつく。
この体勢が一番楽だ。
「うっ、はぁ……」
ふはぁ、落ち着く。
思わず吐息をついてしまった。
あ、地図だ。
右の壁に張られている地図を目線だけで見る。
これも南が上なんだな。
「ん?」
視線を感じたのでそのまま正面を向く。
教官が固まっている。
酔ったのか?
もしやっ、リバースか!?
「何、どうしたの?」
思わず腰を浮かせる。
「あ、い、いや。何でもない」
大丈夫ならいいんだけど。
教官、慌ててお酒ついでるけど、それストレートで飲む気か!?
どういう肝臓しているんだろう?
強すぎだ。
勝てる気がしない。
「それよりレイ、お前酔ってき」
「レイ、言っておきたい事がある!」
突然立ち上がって、どうしたんだリプファーグ。
演説でも始める気か?
「婚約しよう」
「たんじゃ、ってはぁ!?」
教官が驚いている。
大丈夫、私もだ。
「えーと、お断りいたします」
酔っぱらいの戯れ言には、付き合いたくない。
元より婚約とか、正気じゃないな。
「って、早いな返事。あーまあ、普通はそうなるよな。あ、言っておくがリプファーグ、俺は女が好きだから、好きなはずだから。多分。いかん久々に酔ったか?」
いや誰も聞いていないから、教官。
リプファーグはすでに落ちた。
ん?
外が騒がしい。
「…て!……イ…!ち…………て!」
「……が……って来ていると!」
「わかったから、まてって!」
「教官長…きけ……かる………、あわ………」
うむ、元気そうだ。
「教官、いささか私は酔ったようです。この勝負は私の負けですね。では、リプファーグの事頼みます」
酔いつぶれて、突っ伏しているリプファーグを指し示す。
明日大丈夫かな?
「おう、任せておけ。また飲もう。お前は賭けに負けたんだ、明日は勝てよ」
肩をすくめて、さあねとジェスチャーしておく。
「二日酔いになっていなければ、善処します」
敬礼をして、その部屋を後にした。
ふー、飲んだ飲んだ。
満足、満足。