152.
娑婆だ、娑婆。
空気がうまい。
磯の香しかしないが。
それでも、文化的な営みを見るとホッとする。
もうしばらく森はいい。
虫とか虫とか虫とか。
数年前の事だが、軍隊蟻に遭遇した時は正直卒倒しそうになった。
あれは、軽くトラウマだ。
他の動物とかは大丈夫なのに、虫だけは駄目、だなあ。
ああ、嫌な事思い出した。
違うこと考えよう。
そうか、今日で行軍訓練が始まってから10日か。
ということは、仮訓練が開始されてから、今日でちょうど30日目だ。
訓練期間は1ヶ月、なのでもう試験が始まっていてもおかしくないわけだ。
リプファーグが裏工作するまでもなく、間に合わない私は失格扱いとなる。
恐らく。
報告は必須だし城には一応戻るが、これからの身の置き方はと、これは戻ってからでもいいか。
私の事はともかく、リプファーグだ。
彼だけでも早急に戻る手段を確保する必要があるな。
貴族なので、うまくすれば試験を受けさせてもらえる可能性がある。
可能性が0でないのならば、足掻けるだけ足掻くべきだろう。
となると、以前ヴォイドたちと会ったあの酒場にまず行くべきだな。
この行動は、決して酒が飲みたいからではない。
断じて違う。
伝言を残しておいてくれてるかもしれないから行くのであって、決して飲みたいからではない。
何言い訳してんだろう私。
「おい、大丈夫か?」
「え?あ、いえ。大丈夫です。というわけで、酒場に行きましょう」
「何が、というわけでなのかよく判らないのだが、解った。それより先に医者に診てもらったほうがいいような気がするが」
この流れで行くと、頭のということか?
失礼な、まだそこまでアル中進んでないよ。
「傷まだ治っていないだろう?」
そっちか。
傷は近くの村で一通り洗浄をし、その後包帯も変えてある。
痛みもない。
今すぐ治療をしなくても問題ないだろう。
リプファーグに大丈夫だという事を伝え、酒場に足を向けることにした。
一度しか行ったことがないが、多分方向はこちらで合っていたはず。
何となく覚えていた道を曖昧な記憶を頼りに歩いて行く。
途中迷いそうにはなったが、どうにかたどり着いた。
「ここに、入るのか?」
リプファーグが顔をひきつらせている。
あー、うん、少し抵抗があるんだね。
まあ、お世辞にも建て構えは綺麗とは言い難い。
こう見えて、酒も食べ物も美味しいんだよ。
外装の見た目で、その店を判断すると損をするぞー。
不潔そうでなければ、入ってみるべし。
「ヴォイド達が一度ここに立ち寄った可能性があります。有益な情報を何か残してくれているかもしれません」
「ヴォイド……」
「ええ、洞窟に落ちる前に貿易都市でと叫びましたので。恐らく落ち合うとしたらこの店でしょう。まぁ、もう皆帰ってるでしょうが。一度中を覗いておきます。もし入るのに抵抗があるようでしたら、外でお待ちいただいてもかまいませんよ?」
「あ、いや、一緒に入るよ」
「そうですか?では、入りましょう」
時間が昼すぎだったせいか、中が込み合っているが、ざっと見渡したところ見知った顔はいないようだ。
うん、いないったらいない。
うわー、なんかがん見されてる。
とりあえず無視しようか。
「どうやら、この店には隊の者はいないようだが……」
「そうですね。オーではなくえーと、店長、そう店長に何か伝言がないか聞いておきましょう」
カウンターで忙しくしているこの店のオーナーに聞くのは気が引けるが、背に腹は代えられない。
「お?貴男はこの間の。席ならちょうど2名分あいてますし、ここでよかったら……」
オーナーに席を勧められたが、食べるわけではないので遠慮した。
不審そうな顔をされた。
ですよねぇ。
「あ、いや、その。すみません。実は取り急ぎお聞きしたいことがありまして。忙しい時間帯だとは思いつつお伺いしました」
「はぁ、なんでしょう」
「はい。先日来店した際にいた仲間から、何か伝言を預かってはいないかと思いまして」
ちくしょう。お酒のいい匂いがする。
香草焼の匂いも。
頑張れ私のお腹。
今は鳴るんじゃない。
「伝言、ですか?」
「はい。それで何かありませんか?」
「あ! そう言えば」
何かを思い出したようだ。
「3日程前ですか、この店に貴男のお仲間の方が何人かと来られまして、その方が仲間内で言い合いになったようです。ここに残る残らないで揉めていたようですが、以前来られた方が貿易都市に残ると必死に皆様に訴えておられました。その後この街の常駐騎士の方々がこの店にやって来るなり、無理矢理彼らを連れていってしまいまして。その際私に、もしレイという人物が訪ねてきたら先に行っていると伝えてくれと。てっきり当日のうちに来られるものと思っていたので、今日まですっかり忘れておりました」
何があったんだ一体。
無理やり連れて行くって。
「そうですか。分かりました。お忙しいところありがとうございました」
「いえ、お安いご用ですよ」
さて、店長にこれ以上聞いても事情は解らないだろうし、次に行くべきは騎士詰め所だな。
うまくすれば、騎乗用の馬を借りれるかもしれない。
「食べていかないのか?」
なぜ、店長の前で聞くか?
人がせっかく我慢してたのに。
これで、食べずにスマートさよなら作戦ができなくなったではないか。