150.
意外と頑丈にできているお玉もどきを持ちながら、次の手を考える。
周りを瞬時に確認する。
3メートル先に鍋が。
あれしかないな。
誰か知らない人が見ていたらかなりシュールな光景だろう。
鍋とお玉で応戦とか。
あ、リプファーグと目が合った。
ギョッとされた。
と、それどころではない。
リーダーが飛びかかってくる。
お玉を使って牽制し体を捻り躱すが、リーダーの爪を避けきれなかった。
胸に痛みが走る。
構わず鍋に向かって飛び付く。
火事場の馬鹿力的な何かで、鍋を片手で持ち上げリーダーに向かって殴り付けた。
もろに入ったので、これでしばらくは立ち上がれないはずだ。
多分。
リプファーグと相対していた雑魚は、リーダが倒れたのを見てどうやら後退するみたいだ。
といっても残り1体だけだった。
「無事か!?」
「ええ。何とか。申し訳ありませんが、貴方の剣で止めを刺してもらえませんか?これとあれです。さすがにこれで止めはさせませんから」
折れたお玉をリプファーグに見せ、思わず肩をすくめる。
「恐らくまだ息があると思うので、とり急ぎお願いします」
「あ、ああ、わ、解った」
どことなくぎこちなく返事をするリプファーグに処理を任せ、その間に先程抜けなかったナイフを抜きにかかる。
死後硬直が始まる前なのでまだ抜けるはずだ。
足で獣の体を固定し、踏ん張りつつ一気に引き抜く。
痛いっ。
背中と胸の傷が痛い。
治りかけていた背中の傷は、ボルダリングの際に容赦なく開いた。
それに加えこの悪天候だ、これは治りがさらに遅くなるぞ。
何とかナイフを抜き終わり、一息をつく。
先程リーダー格に爪痕を残されてしまった胸の傷を改めて見る。
傷は浅そうだ。
だが悪天候下での傷はあまり甘く見ないほうがいいだろう。
幸い滝壺があるし水には困らないので、傷口の洗浄をしておくことにする。
洞窟の中での寒さに耐えたんだ、これくらいの水温なんとかなるだろう。
とか、甘く見ていた私が悪かった。
岩壁の影で年中日陰になっているような天然冷蔵庫な滝壺に、洞窟内でキンキンに冷やされた地下水が随時貯蔵されていて、さらに日照時間がいつもより少ないであろう今日みたいな雨の日はさらに外気が冷えていて、相乗効果によりさらに水温が下がるというスパイラルと化したこの滝壺で、ああダメだ。
あまりの冷たさに、気を紛らわそうと色々考えてるけど、無理だわ。
冷たい通り越して痛い。
もうすでに傷の痛みなのか冷たさ故なのか判らなくなってきた。
耐えろ、私の心臓。
何とか耐えきり、服を着てリプファーグの元へと戻る。
リプファーグ飛び降りさせてごめん。
火だ、生き返る。
もう動きたくない。
リプファーグは傷洗浄の間ずっと解体作業していてくれたらしい。
猟を何度かした経験があるとの事。
見事な手際だが、火は起こせないのな。
解体は彼に任せよう。
「それはそうとレイ」
呼ばれたので振りかえる。
一段落したらしい。
「うわっ」
松明を持ったままリプファーグが驚いた声をあげ、そのまま固まっている。
な、まだ獣がいるのか!?
辺りを注意深く見るが気配はない。
どうしたんだろ?
「その、レイ。服が、いや見てない2度も見てないからな!?」
ん?
服?
あ、よく見れば前がはだけてた。
リーダーにやられた跡だ。
で、2度見たんだな。
別にいいけど。
「すみません。お見苦しいものを。それより、なにか話があったのでは?」
「あ、いや先程のはな……いや、いいんだ。それより、私はこのまま見張りをしようと思う。レイは怪我をしているし、このまま寝た方がいい。いや、寝てくれ」
「え?」
いや、嬉しいけど大丈夫かな?
リプファーグも疲れてるだろうに。
「多分寝れないと思うから、私の事は気にしないでくれ」
「はあ、分かりました。では、お言葉に甘えて」
リプファーグに礼を言い、眠りについた。
いつもなら6時で目が覚めるのに、久々に寝過ごした。
余程疲れていたのか、麻酔を打たれたかのように深い眠りだった。