148.
リプファーグにとっての、ドキドキの初体験が始まった。
垂直型なので、さっきよりも大分体勢は楽なはずなんだけど、どうだろう。
表情は真剣そのものだ。
出来れば、そんなに固くならないでほしい。
落下したら大変だ。
後気になるのは、リプファーグの爪だ。
なぜ右手の薬指だけが少し長い?
何か風習のようなものだろうか?
移動中に割れなければいいが。
「右足をここにかけて」
私の左足でその場所を示して、注意を促す。
「もし届かなければ、右足を左足で送って下さい」
風が出てきたな。
空を見ると、先程より雲の量が増えているような気がする。
まずいな。
急がないと。
「どうした?」
「いえ、風が出てきました。少し早めにいきましょうか」
何だか嫌な予感がする。
途中、雨とか降らなければいいが。
進むスピードを上げたため、いくつかヒヤリとする場面があった。
しかし、よく付いてきてるなぁと思う。
結構根性がある。
まぁ、音を上げられても困るんだけど。
命がかかってるし。
さて、何事も無く岩の出っ張り部分までたどり着いたのはいいが、問題はこれからどうするかだ。
落ちるか降りるか。
一応本人の意思を確認してみるか。
「ここから飛びますか?」
「何!?下まで壁伝えに降りるのではないのか?」
落ちるのは嫌らしい。
まあ、当然か。
だが、空模様がおかしいのも確かだ。
降りだすギリギリまで、降りてみるか。
「分かりました。空模様がおかしいので、危険だと判断した時点で飛び込みましょう」
リプファーグだけな。
10m程降りた時点で、異変が起きた。
風向きが変わり、滝の水がこちら側にかかるようになってきたのだ。
冷たい。
寒い。
「足場が滝の水で濡れ始めてきました。かなり滑りやすくなっています。気をつけてください」
4m程降りた辺りで、断続的に突風が吹き付けてくるようになった。
そのせいでリプファーグの体が風に煽られ、そのままバランスを崩す。
足場が濡れているため踏ん張りが効かずに、そのままずり落ちる。
すかさずリプファーグの腕を掴みなんとか落下を防いだが、その際に腰の傷口が開いた。
痛い。
岩の凹凸に足かけてもらい、何とか体制を整えてもらう。
このまま続けるのは危険だ。
傷が開いたし、何かあったとき次は助けられないかもしれない。
よし、飛び込んでもらおう。
これくらいの距離なら、怪我もしないだろう。
「足から飛び込んでください!このまま壁伝えに降り続けるのは、困難です」
「わ、解った」
どうやら、飛び込む決心をしてくれたようだ。
念のために、飛び降りの時の注意点を伝えておく。
「では、下で会いましょう」
私のこの言葉を合図に、リプファーグが飛び込んだ。
見届けた後、急ピッチで下に降りる。
と、真っ青な顔をしたリプファーグが滝壺の畔に立って出迎えてくれた。
若干恨みがましく睨まれているような気がするが。
「大丈夫でしたか?」
「飛び込まなかったんだな。なかなか浮かんで来ないし、まさか死んだのではないかと」
どうやら、かなり心配をかけていたようだ。
崖を見たら見たで、今度は落ちるのではないかとハラハラして見ていたらしい。
リプファーグの心配顔をみていると、段々悪い事をしたかもしれないという気になってきた。
説明不足だったかもしれない。
今日はこの場所で夜営をすることになった。
雨が振りだしそうなので、なるべくかからなさそうな場所を選ぶ。
降ってくる前に、残り僅かな食料で腹ごしらえ。
「これからの事ですが、当初の予定通り貿易都市を目指します。つまり、南西ですね。明日に再度確認しますが、この崖を背にして右手方向が南西になります。そちらへ向かいましょう」
「解った。方向に関しては、君に任せたほうが良さそうだ。私ではさっぱりだからな」
「では、予定通りに。明日は日の出とともにここを発ちます」
「そうだな。では、それまで見張りは私がしよう」
「お願いします。食事が終わりましたら、すぐに寝てください。時間が来たら起こしますので。ここの処理はこちらでしておきます」
明日のことについての取り決めが終わり、一段落する。
「レイ、少しいいか?」
ん?
ああそう言えば、下に着いたら何か話があるとか言っていたな。