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「その、やはり女性だったんだな」
まぁ、さすがにこれで気づかれなかったら、今後の自分について深く悩みそうな気がする。
「すまない。自分が足を滑らせてしまったばかりに、怪我をさせてしまった」
「いえ、私の方こそ地盤の緩みに気付けなかった。注意を怠り危険な目にあわせてしまいました。申し訳ありません。怪我の事は私の自業自得です。貴方が気に病む必要はありません」
正直へこむ。
10年程現場から離れるだけで、ここまで鈍る物なのだろうか?
「地盤の緩みに気付かなかったのは、私も同じだ。それに、私のせいで危険な目にあっているのは君の方だろう。なぜ謝る」
「それは、かつて私が護衛の仕事をしていたからですよ。本来気付くべき事に気付かなかった。守るべきものを守れなかった。挙句に自分が怪我してりゃ、世話ないです」
もう何と言うか自己嫌悪。
穴掘って入りたい。
「いつ私が、君に守ってくれと頼んだ。それに、今回の事は明らかに私の不注意だ。君は、私に謝らせてもくれないのか!?」
何故か逆ギレされてしまう。
いや、別に謝るなとは言っていない。
言ってはいないけど。
心のどこかの片隅にあるほんのわずかなプロ意識、というか取るに足らないプライドが、なけなしのプライドが自分を責めてしまう。
責めた所で事実は変わらないのに。
「……分かりました。謝罪を受けとります。ただ、今回の件は私にも非があります。おあいこです」
もうこれで、今回の事はお互い忘れよう。
そうすればなんの問題もないし。
「いやしかし、君は女性だ。怪我をさせておいて責任を取らないなどというわけにはいかない。ましてや、もし体に傷でも残ったらと思うと、自分を責めずにはいられない」
だから責任を取らせてくれと、懇願されてしまった。
いや、どうしろと?
むしろ忘れてくれ。
恥ずかしい。
「ああ、そうだ。こうしよう」
何やら何かを決意をしたようだ。
「もし、体に傷が残るようなら、私が君をもらい受けよう」
「はぁ!?」
何の決意だよ。
思わず叫んでしまった。
いたた。
傷も痛いけど、別の意味で痛いわ。
なんだそれ。
私は物か。
何だよもらい受けるって。
「あのねぇ、傷が残るたびに求婚されてたら、今頃何人の男と結婚と離婚くり返さなきゃならないと思ってんのよ。しかも求婚相手が、どっかのアの付くテロ組織とか、はたまたM付く反政府組織とか、ヤバい連中なんてこっちから願い下げだよ。傷なんて腐る程作ってるんだから、今日一つ増えたからって全く気にしないっての」
あ、思わず立ちあがって、力説してしまった。
いや、本当に傷ごとに男作ってたらキリないよ。
「テ?エム?何だって?すまない途中から何を言っているのか解らなかったが、見た所傷なんかは無かったぞ。暗かったせいかもしれないが……」
「えぇ?」
そんなわけない。
結構引きつった跡が残ってるから、それなりに目立つはずなんだけど。
背中なんてまじまじ見ないから、気にした事も無いが、それなりに古い傷なので、もう治る事も無いだろう。
無いはずはないんだけどな。
「とにかく傷の事より、先程の発言は撤回して下さい。そこまで重く受け止める必要も無いでしょう。たかが傷ですよ?」
「何を言っている。女性に傷などと」
「傷を気にする位なら、そもそもこんなとこにいてませんけどね。気にするだけ無駄です」
「無駄……」
「そんな事より、手当本当にありがとうございました。おかげで痛みも引いてきているようなので、治るのにそれほど時間はかからないと思います」
かなり気にしているようなので、リップサービスしておく。
気休め程度か?
現実は、治りは遅いだろうし、痛みも引かないだろう。
膿んできたら嫌だな。
「しかし」
「しかしも、かかしもありません。この話は終わりましょう。もっと考えなければならない事があります。ここからの脱出方法です」