126.
あれからリプファーグは、私の言った事を理解してくれたのか、剣の扱いが丁寧になった。
おかげでかかる腕の負担は、前日比の3分の1。
なので今日は平穏に、訓練を終われました。
気にかかるのは、リプファーグがいつもと違う事ぐらいか。
勢いが無くて、正直つまらない。
一方的に受けるだけの剣は腕がだるいし嫌だったが、こちらが避けたりし始めると、色々な工夫がみられてちょっとだけその変化が楽しかった。
だけど、ただ乱暴に振り下ろすだけの剣は、いただけない。
腕疲れるし。
だからと言って、今日みたいなのも面白くないんだよ。
心ここにあらず。
何か悩みでもあるのか、全然歯ごたえが無い。
時折人の顔をじっと見るし。
何って聞くと、だんまり。
良く解らない。
集中してないくせに、たまに攻撃に出るとそれには反応する。
だけど、やはり心ここにあらず。
つまらないし、やりにくい。
それが顔に出ていたのか、訓練中にヴォイドとジェイに指摘される程だった。
そんなに表情に出てたのだろうか?
寄宿舎の部屋で悶々と今日の事を振りかえっていると、「出てた」とウィルに指摘される。
風呂から上がりたてのウィルは、自分のベッドで髪を拭いていた。
腐っても貴族ゆえか、その所作に品があって中々色っぽい。
騎士になったらこれは、城勤めの侍女たちが放っては置かないだろう。
罪作りな奴。
「訓練は訓練だ。どんな相手だろうと、やる事は変わらん」
髪を布で拭きながら、ウィルが言ってくる。
「まぁ、そうなんだけど。こら、ジェイ髪ちゃんと拭わないと、あっちこっち、床が濡れてる。服も濡れてる。風邪引くよ?何と言うか、手ごたえが無いと言うか。集中されてないと、かえって怖いよ。剣を扱うだけに」
ジェイよ、なぜ風呂場で拭いてこなかった。
「いやー、もう一枚、布を持って行くのを忘れて。ごめんごめん」
いらない布で私が床を拭こうとすると、ジェイが自分ですると言い張った。
その前に君は、頭を拭こう。
取り敢えず、さっと床を拭いて軽く洗面台で布を洗っていると、背後からヴォイドが来る。
「あの、もし物足りないようでしたら、この後お相手しますよ?」
ヴォイドが律儀に誘ってくれる。
しかし、リプファーグの攻撃の後遺症という名の筋肉痛がまだあるから、今日はやめておいた方がいいかもしれない。
「ありがとう。でもいいや。ここ最近腕を酷使してたから、ちょっと休ませるよ」
「はは、解りました。いつでもお相手になるので、その時はおっしゃって下さい」
こうしてまぁ、平穏に2・3日が過ぎた。
正直言って、隣の部屋のリプファーグが大人しすぎて不気味だ。
クィリムによると、他の2人も大人しいらしい。
この間、追い出すとか言ってたし、一体どうするつもりなんだろうか。
って、他人事のように考えてるけど、追い出されたら家なし・金なしボッチニートに逆戻り。
それだけは嫌だ。
なまじ相手が貴族であるので、何もしない方が得策かもしれない。
ただの問題の先送りとも言うが。
そんなある日、いつもの様に訓練場に向かうと皆が何やら騒めいていた。
丁度先に来ていた、クィリムに事情を聴く。
「はよ。なんかさー、今日から訓練内容変わるらしいよ?」
彼によると、1対1から複数を相手にする為の訓練が始まるらしい。
通りで、皆何かテンションあがっていると思ったら。
「うおー。楽しみ!早く始まんないかな?」
クィリムもジェイも、先程からソワソワし通しだ。
よほど楽しみらしい。
「もうすぐ教官来るから、それまでの辛抱な」
と言うと、「今日に限って遅い!」と2人とも声をそろえて言うものだから、思わず笑ってしまった。
いや、いつもと一緒だから。
落ち着こう、2人とも。
な?
「おい、お前らとっとと整列しろ!」
教官の声で、一斉に2列横隊になる。
はじめの頃よりはだいぶ進歩したなぁ、この2列横隊。
「その様子だと、もう知っているとは思うが、本日より複数での訓練を行う。怪我が増えると思うが、各自気をつけるように」
なんて大雑把な説明なんだ。
それに、訓練中の怪我は気を付けてどうなるものでもない様な気が。
教官の予言通り、今日の訓練はケガ人続出な、ヤバい訓練だった。
あれは何だ?
教官は人ではないのか?
強すぎにも、程があるだろう。
もう、思い出したくもない。
よく無事だったな、私。
まともに歩いてるのは、ヴォイドと私と意外にも隣の部屋の2人組。
リプファーグは、どうやらダメだったらしい。
訓練場の屍達と、同化していた。
訓練後、普段と同じ様に時間をずらして食堂に行くと、人がまだ残っていた。
いつもなら、殆ど人がいなくなる時間帯だ。
訓練前のあのテンションが、今ではウソのように食堂内は静まり返っている。
食べるのも辛いらしい。
私やヴォイドが普通に食べてたら、ジェイとウィルに何だかあり得ないものでも見るかのような目で見て来た。
失礼な。
正直言って、食欲は別だよ。
別。