109.
私が振り返り、声のする人物を見ると相手が固まった。
「なんだか、キースの言う通りになっているのが釈然としませんね」
解凍された後にそう言いつつ、空いてる席に座るヴォイド。
「あ、えと。探し回ってくれたんだって?」
私が問うと、首肯する。
「無事でよかったです」
ほっとした顔をしているのを見ると、なんだか申し訳がない事をした気になってくる。
不可抗力ではあったんだけど。
というより、迎えがある事などそもそも私は考えてなかった。
自力で帰るつもりだったし。
「ありがとう。でも、団長がイジャ-フォ艦長に私を回収するよう、先に手を回してくれてたみたいで」
二度手間になってしまったようだ。
「……そうだったんですか。どちらにせよ、ご無事で何より」
ヴォイドががチラッとキースを見、キースが首を横に振る。
そこへウィトレスさんがこちらへやって来て、先程注文した料理を丁寧に並べていく。
「他にご注文は?」
「俺はエアエイ。で、キースはハイジェクですよね?ジーマはエウェジークでいいか?」
ドミトリーが頷く。
ハイジェクってどんなお酒だろうか、初めて聞く名だ。
この前の夜会でキースは酒通らしいと聞いたから、期待できそうだな。
飲んでみたい。
「ルイ様はどうしますか?」
「え?いや、様はいらない。そのハイジェクってのはおいしいの?」
キースに意見を求める。
是非、味見がしたい!
「少し癖があって好みもあるが、悪くはないな」
よし、きた。
「じゃあそれ下さい」
と、私が言った所で、お腹が盛大になる。
最近規則正しい食事時間だったので、体内時計も正確だ。
「ぶは、そういや始めて会った時も、腹なってたな」
いや、人をそんな欠食児童みたいに言わないで貰えるかな?キース。
「あの時は夕食を食べ損ねてたからであって」
「では、お酒はそれだけで結構です。後レハフの香草焼きと、キースは何か食べますか?」
ヴォイドが淡々とウェイトレスに注文を続けている。
香草焼きかぁ、野菜巻きとどちらにするか悩んだんだよね。
「いや、俺はいい。後で適当に頼む」
お酒飲んでて、お腹空いてないんだな、解ります。
「判りました。ではとりあえずそれでお願いします」
ヴォイドの笑顔に当てられたウィトレスさんの動きが一瞬鈍ったが、その後きびきび戻って行った。
やるな、ヴォイド。
「俺達の事は気にせず、お前ら先に食べていいぞ。待ってればその内来るしな」
わざわざ私に目を合わせて、笑いながら言うな。
そこまで飢えてないよ、私。
「そうですか?では遠慮なく」
ドミトリーが先に口をつける。
「いただきます」
私も続く。
なるほど、お勧めされただけあって、おいしいわ。
酒蒸し最高。
白身魚がほろって崩れて柑橘系の香りも口の中で広がり、なんという幸せ。
きのこも入ってて、この食感がまたたまらない。
「そんなにうまいの?」
キースが聞いてくる。
「最高」
私が大きく頷くと、食べようとして持ち上げた腕を掴まれ、そのままパクリと横取りされた。
ああ、私のきのこ。
「何を勝手に食べているんだ」
「人の食べようとしていた物を奪うとか、意味不明ですね」
キースが、ドミトリーとヴォイドの2人に諭されている。
ドミトリーが、自分の皿の物をこちらに分けてきた。
そういや同じ物頼んでたんだっけ。
ドミトリーは意外とまめかもしれない。
私は駄目だ。
こういう気配りは無理。
日本の女の子とかは上手だった。
「ドミトリー、ありがとう」
礼を言っておく。
少し量が増えたのは嬉しい。
食べ物と酒で釣れそうとか、キース!思ってても言わない。
それから笑うな。
「……いや、構わない。後、名前が言い難ければジーマでいい」
「あれ?お前ってそんなに面倒見良かったか?」
キースがドミトリー改めジーマに、余計なひと言を言っている。
「俺は仲間には面倒見がいいです」
キースの言葉に、憮然とした顔になるジーマ。
キースはその言葉に対して、沈痛な面持ちで顔を伏せ眉間に手をやるという、小芝居がかった仕草をし始めた。
「そうか、俺は仲間じゃなかったのか、残念だ。非常に残念だよ」
キースは、そういいながら首を左右に振った。
「同期で訓練中あれこれ色々助けあったりもしたし、今でこそ部署は違うが心は仲間だと思ってたのに。俺も残念だよ、ジーマ」
調子を合わせるヴォイド。
あはは、ヴォイドも何か始めた。
アワアワし始める、ジーマも見ていて面白かった。
この3人、集まるといつもこんな感じなのだろうか?
「お待たせしました。レハフの香草焼きでございます」
新しい料理を持ってきたウェイトレスさんに、空いたお皿を下げてもらう。
顔をあげると、向こうの方に4つグラスを乗せた人が向かって来てたので、続いてお酒も到着しそうだ。
何気なくその様子を見ていると、突然怒鳴り声が響いた。
「てめぇ、もう一度言えや」
「あぁ?何度でも言ってやるよ」
うん、歌と喧嘩は酒場の華って言うしね、よくある。
無視して、目の前の食べ物に集中する事にした。
「あ、この野菜巻きおいしい」
「ルイさ……ルイもこの香草焼き食べますか?」
ヴォイドが勧めてくる。
「もちろん」
それ、味見したかった……ておい、椅子投げようとするな。
思わず体が動いた。
その椅子は、こちらのテーブルに向かって来てたウェイトレスさんに、直撃コースだったからだ。
キースも体を浮かせてたが、私の方が早い。
「危ない」
彼女の頭をかばうように抱え込む。
その直後背中に衝撃が来た。
ああ、お酒が……