105.
「あ、いや。その、変な目では見ていないから。ただなんとなく歩きづらそうだったから、提案をしてみただけなんだ」
必死に言い訳を始めるドミトリー。
ん?
何故、必死?
もしかして、何か違うほうに解釈されてる?
「あれ?いや、ただ私は今お金が無いから、服が買えないという意味だったんだけど……」
「え?お金?ああ、それなら心配ない。十分にあるから気にするな」
そう言って、ウェスト辺りをたたく、ドミトリー。
いや、それは奢るという事だろうか?
しかし、奢ってもらう理由が無い。
それに、正直借りは作りたくない。
確かに今の格好は目立つけど、激しい運動さえしなければ大丈夫な仕様になってるし。
うん、問題ない。
「あー、もう。ごちゃごちゃ考えるな。ここは奢られとけ」
といって腕を引っ張り、無理やり店内に押し込まれる。
「ちょ、待って」
「あら?ミルいらっしゃい。ちょうどよかったわ。この間の図案気に入ったの。あれを基に服を作って売ってもいいかしら」
「それは好きにしてもらっても構わない。それより今日は、レイに、この者に何か見繕いたいんだが」
店に入ると、品のいいワンピース姿の店員が目に入った。
その店員と目が合うと、にっこり微笑まれた。
頭を下げる。
「あら、どういった服がいいかしら。そうね、1から作りたいところだけど、どうかしら?」
「いや、少し急ぎで頼む」
「なら、今ある服から選びましょうか。ミルは?」
「この際だから、さっき言っていた図案のやつを、もう1着作ってくれないか」
「お安い御用よ」
ではこちらへと言って、奥へ案内された。
中にはいろいろな服と、大きい鏡があった。
「まず採寸をするわね。少し両腕広げてもらえるかしら」
そう言われたので素直に広げる。
ええい、もうこの際服を買おう。
それでもって、値段聞いて後でドミトリーに返そう。
店員の採寸の手が止まる。
ん?
「まぁ、あなた女の子なのね。もう、誰かしら。女の子に男の服を着せるなんて。ミルかしら。でもこれもありかもしれないわね……意外とそそるわ」
最後の言葉は、なんだか聞いてはいけないような気がした。
「あら、ごめんなさいね。一応一通り採寸を終わらせてしまうわ。だけど困ったわね。実はあまり作り置きの女性服がないのよ。ここにかかってあるだけなの。男性の既成服は需要があるから、作り置きを結構しているのだけど。女性は1から作られる方が多いので、あまり置いていないのよ。あるのは見本ばかり」
一通り採寸が終わり見せられた服は、ドレスとワンピースの中間みたいな女性服ばかりだった。
「あの、男性服がいいのですが」
「えぇ?」
びっくりされてしまった。
「あぁ、驚かれるのも無理はありませんが、少し事情がありまして。男性の格好をしなくてはいけなくて」
一応説明しておく。
「そうなの。ミルはその事知っているの?」
頷く。
「あまり詮索するのもよくないわね。ではまず、男性服から選びましょうか」
そう言って服選びが始まった。
この女性の選ぶ服のセンスはなかなかいいと思う。
華美な物ではなく凄くシンプルで、だけど細部のディテールにこだわりを感じる、そういった物を選んで来た。
それに既製服なのに、まるで誂えたかのような物を選んでくる辺りプロだなと感じる。
「あら、これはなかなか合うわね。首元が隠れているし、ゆったりしているので触らない限り女性だと判らないわ。本当に、そうして立っていれば王都の騎士様にも見えるわね」
鏡で見ると、確かにベストを着れば騎士団配給の制服に見えなくもない。
「結構王国騎士団の制服が人気なものだから、同じ物を作ってくれという注文が多いのよ。でも全く同じ物を作るわけにはいかないから、色々な部分で違いが出るようにしているの。一番の違いは紋章が入っていない事なのだけど」
「へぇ。そうなんですか」
あの制服人気あるんだ。
「そうなの。それにしても、それが1番似合っているわね。これは表通りで」
「え?」
「いいえ、なんでもないわ。さて、本番はこれからよ」
本番?
「あの、私はこの服で十分なんですが」
あれ?
何だかナリアッテと同じにおいがする。
「だめよ、私が女物を着たあなたも見たいの。それからミルに見せて、びっくりさせましょう。そうよ、それがいいわ」
確かに普段着る用の、ドレスじゃない服が欲しいのは確かで……
あぁ、借金がたまっていくが、もう何だかどうにでもなりそうな気がしてきた。
副団長に、特別手当出ないか交渉しよう。
なんなら飲み会の時に、飲み比べでお金を稼ごうかな。
よし、そうしよう。
それにしても、この国の女性ってもしかして押しが強いのか?
何だかそのような気がしてきた。
それから、女物を何着も試着させられる羽目になった。
女性用の服は面倒臭い上に、時間がかかる。
脱ぐのは簡単なのに。
前を向いた時ふと、中々シンプルで動きやすそうな女性用の服が目に付いた。
「あのー。あそこに掛かっているのは女性用ですか」
男性服の所にあるので、もしかすると違うのかもしれないが、私からするとあれは女性用な気がする。
「あら、男性用に紛れているわね」
そう言って取り出してくれた。
形がシンプルで動きやすそうなロングワンピースだ。
丈が踝まであるが、サイドに膝までのスリットがあるので、走っても暴れても大丈夫そうだった。
しかも伸縮性に富む素材なので、大またで走ったり歩いたりしても支障はなさそうだ。
基本色はチャコールブラウンで、素材が少し特殊なのか光の種類によって色みが変わる。
日の光だと黄色みがかり、蝋燭のような元では銅色に見えるようだ。
「あら、これは。そうね、貴女ならもしかして。皆、この服を試着していくけれど、服に着られていて着こなしきれなかったのよ。どうしても欲しいと言われた事もあるけど、結局どのお客様も買われなかったわね。一度、袖を通しましょう。あなたほどの背丈があって、かっこいい雰囲気の女性なら着こなせるわ」
着てみると、胸以外ピッタリだった。
少し、複雑。
「まぁ。あ、ねぇこの際このまま着て帰ればどうかしら。ああ、でも男性のふりをしなきゃいけないのよね。残念ね。だけどせっかくなので、きれいにしてミルにだけはお披露目してあげましょう」
お披露目ー?
は、いいんじゃないでしょうか。
しかし、化粧直しの言葉に負けて、頷いてしまった。
最近女性の押しに弱い自分に気付いた。