104.
「大丈夫ですか?」
あまりにも酷い顔色なので、聞いてみた。
「ああ、陸なら俺は生きていける」
どうやら、大丈夫ではなさそうだ。
「えーと、どこかで休みましょう」
「いや、とりあえず歩こう。その内治る」
本当に、大丈夫なのか?
まぁ、当人がそういうなら問題ないのだろうが。
「そうですか?では、まず今晩の泊まる場所をどうするか決めようと思っていて、艦長に聞いたホテルへと今から向かおうと思います。そこが今一だったら船で寝ようかと思っていて……」
そこまで私が言うと、被せる様にドミトリーが発言してきた。
「悪い事は言わん、ホテルにしておいたほうがいい。うん、ホテルの方がいい」
よっぽど船が嫌いらしい。
体調不良を押してまで、ドミトリーが先導し始めた。
いや、別に私はどちらでもいいんだけど。
「こうしてみると、ここから見る海もいいなぁ」
思わず立ち止まって、停泊中の船を見てしまう。
「いや、俺は暫く船はいい」
眺めていると、うんざりとした声音で言ってくる。
「あはは、そうとう堪えてるみたいだね」
私の言葉に肩をすくめて答える様が、彼のげんなり感をよく顕していた。
ご愁傷さまです。
さて、この街はこの先どんな風景が広がっているのだろうか。
少し期待を膨らましつつ、港を後にした。
倉庫街を抜けると、人通りが多い区域に出た。
両サイドには、新鮮な魚や果物や野菜が売られている露天が並んでいる。
「港が近いので、この場所で水揚げされた魚や輸入の野菜果物が売られている。たいていの食料品はここに来れば手に入るな」
そのドミトリーは、食べ物を見たくないのか、ひたすら前を見て歩いている。
時間帯のせいか出てきているようだ。
食事を出すお店も多いので、朝に来ると今の倍は人がいて、前に進むのが大変だそうだ。
暫く歩くと市場の区画を抜け、衣料など布製品が多く売られている場所に出た。
この地区は先程見たような露天を出している所もあるが、ほとんどが店舗販売のようだ。
「ルイは服とか買わないのか?」
服か。
今までここの知識を仕入れるので手一杯だったから、買い物まで頭が行かなかったな。
お金ないし。
と言い訳してみる。
知識を仕入れるなら、実際見る方が手っ取り早かったかもしれないな。
反省。
「いや、私は今まで支給品で賄ってたから、自分の服ってないですね」
自分で言っててなんだが、ちょっとへこんだ。
「ちょっと待ってくれ。支給品って。団長と面識ありそうな発言したり、騎士団の任務に協力したりしてたのは、もしかして騎士団に所属してるからなのか?」
呆然とした顔でこちらを見る、ドミトリー。
顔色が治っている事を思うと、体調は良くなったらしい。
歩くと治るは、本当だったのか。
「ええ。ちなみに男のなりをしてる時は、レイと呼んでください」
「待て。俺は今まで騎士団で、女の隊員を見たことないぞ」
かなり狼狽をしている。
それ程の事だろうか?
「いないそうですよ」
私がそう言うと、信じられないものを見るような目で見てきた。
まぁ、その反応も分かるけどね、今更辞める気はないから私。
「その、騎士団の連中でル、レイが女だと知ってる奴っているのか?」
「えーと、多分2人?」
キースはどうなんだろう。
あれ以来会ってないから、判らない。
「多分?なぜ疑問系なんだ……」
「団長が公衆の面前で私を男だと発言したから、皆の認識が上書きされたかも」
と言うと、なんだか納得しているドミトリー。
「良く今まで無事だったな。と言うか何故周りが気づかないのか、そちらの方が不思議で仕方がない」
もっともです。
といっても、訓練すらまだ参加してないので、これからの事は判らない。
そうなると、団長のあの発言は逆に助かった事になるのか?
う、なんだか癪だ。
「まぁ、副団長が色々フォロー入れてくれるらしいので、何かあったらそちらに丸投げです」
「え?副団長がこの事知ってるのか」
まぁ、そうだよね。
騎士団のNo.2が許可したと知ったら驚くわな。
「ええ、一応協力者ですから」
「何っやってるんだあの人は。女の子をあんな所に入れるなんて」
意外だ。
「ドミトリーってそういうとこ気にするタイプなんだ。今時、軍に女性がいるとこってざらにあるでしょう?」
「いや、俺が言いたいのはそこではなくて。まだこの騎士団って、女性が入隊する事に対する前提条件というかそういったのが、整ってないだろ」
前提条件?
て何だ?
「一番判りやすいのは、設備なんかがまだ男女別になってないとか」
ああ、そういう事。
確かに。
「うーん、そういう意味では、やりにくいですね」
「だろう?まぁ、副団長が協力者なら、そこ辺りに何か考えがあるのだろうけど」
あるのかなぁ、以外とそういうところ抜けるタイプだと思うけど。
「副団長的には、私がまさか試験で合格するとは思ってなかったみたいです。予定外といっていました」
はっきりそう言っていたし。
「試験を受けたのか?」
意外そうな顔をする。
コネだと思ったのかな?
「はい、実技のみですが。団長に手合わせしていただきました」
良く考えたら、十分コネだった。
筆記免除だし。
「手合わせしても、気づかなかったのか団長は」
信じられんと言いながら、一軒のお店に誘導しようとするドミトリー。
おーいどこに行く。
「この店、いい布そろっているしセンスもいい。リクエストも聞いてくれるので、服を作るならここだな。既製服もあるので、服を買っておくといい。それ、サイズあってないだろ」
確かに、腰回りや胸辺りなんかが心もとない。
頷きかけてやめる。
いやいや、無一文の私に何言ってんのよ、この人。
お金無いって言ってるのに。
ジト目でにらんでしまった。