第7話 急転直下
「えっ、は……え?」
「…………」
目の前の光景に理解が追いつかない。
目の前で倒れているのは誰だ?
お爺ちゃんなのか?
なら、なんで倒れているんだ?
襲われたのか?
一体誰が、何の為に?
思考が頭の中でぐるぐる回って纏まらない。
でも、お爺ちゃんは助けなくちゃいけない。
何をすれば良い?どうすればお爺ちゃんは助かる?
「ま、まずは止血を……」
私は上着を脱いで、お爺ちゃんの胸に空いた穴を抑えて圧迫止血しようとする。
だが……
「おっと、そんな真似はさせねーよ。嬢ちゃん」
「……!!」
いつの間にか部屋の入口に見知らぬ男が立っているのに気付き、その動きを止めざるを得なかった。
「誰、ですか」
私が鯉口を切りながら問いかけると、男は私のことを嘲笑うように顔を歪めて口を開く。
「おいおいそんな怖い顔すんなよ。俺はまだお前に何もしてないんだぜ?その物騒な武器下ろして会話しようぜ、会話」
「後ろ手にナイフを隠し持ってるくせに、何をべらべらと……!」
私がそう言って男を睨めつけると、男は顔に浮かべていた笑みを消し、眉をひそめる。
「気付かれてたか?俺の腕も鈍ったかなぁ。こんな年端も行かない嬢ちゃんに気付かれるなんて。これは本格的に錆落とししなくちゃなぁ」
男はそう言うと、手に持っていたナイフを私に向けて投げる。
それは特段遅くもないが速くもない速度で、対処には困らない平凡な攻撃であった。
「そんなもの!」
当然、私は居合の構えを取りナイフを切り捨てようとするが……。
「【転瞬】」
「……なっ!?」
男が何か言葉を紡いだ瞬間、ナイフは私の胸に突き刺さっていた。
「かっは……!」
私の口から血が零れ落ち、服を真っ赤に染め上げる。
「ん?今ので死んでないの?手元がブレちまったかなぁ」
「……っふぅ、ふぅ」
男は不思議そうに首を傾げるが、私はそれに口を挟む余裕も出来ずただ荒い息を吐き出す。
私が即死しなかったのはギリギリで胸の筋肉を固めることが出来たから。
それでも、身体に付けられた傷は間違いなく致命傷であり、何もしなかったら私は10分も経たずに死んでしまうだろう。
「嬢ちゃん、どうやらさっきは悪運が強くて生き残ったようだが次はそうはいかねぇ。今度は油断も慢心も無く、俺の必殺技で殺してやるよ」
そう言って再びナイフを取り出す男に、私は胸にナイフを刺したまま居合を構えるが、痛みや失血なので腕が震えて狙いが定まらない。
刀を振る速度も最高速度の半分にも至らず、敵の『ギフト』も検討がつかない。
男を倒そうにも接近する必要がある。
対して男は万全の状態であり、距離を詰められないことだけを注意しておけばいい。
いざという時は、お爺ちゃんの身を囮にすることもできる。
戦闘の素人でも分かる”詰み“であった。
「…………」
どうしようもない状況に、胸に重く冷たい絶望がのしかかる。
手足に力が入らなくなって、今すぐにでも膝をつきたい。
私に出来ることはもう無いのだ。
私はただの現実を知らなかった子供で、歩み続ければ高みへと辿り着けると思っていた身の程知らずである。
必殺技なんて夢のまた先だ。
「…………」
もういいんじゃないか?
今回負けたのは、動揺していたからだ。
身体が女児のものだったからだ。
長時間戦闘した後だったからだ。
言い訳の種なんていくらでもある。
自分の弱さを認めて、来世に別の『ギフト』を選べばいいじゃないか。
そうすれば、自分の弱さを見なくてすむぞ?
ほら、そのまま心地よい眠りに身を任せて────。
「────良いわけないですよ」
胸からナイフを引き抜く。
「あん?気でも狂ったか?」
男は怪訝そうな表情を浮かべるが、どうだっていい。
今はただ、自分の弱さを知りたいんだ。
──────
ずっと思っていた。
自分はなぜ必殺技の域に辿り着けないのだろうと。
刀を数え切れないほど振り、何度もフォームを見直して、最後の扉が見えるほど私は居合を極めてきたはずだ。
それなのに、私はいつまで経っても必殺技の域には届かない。
それどころか、身体の変化に戸惑って後退してる節すらある。
そんな状況に焦って刀を振れば、貧弱なこの身体はすぐに熱を出してまた停滞だ。
私にはどうしてもこれが耐えられなかった。
だからだろうか。
お爺ちゃんがダンジョンで魔石を取って帰ってきたとき、私はダンジョンで実戦をつめばこの停滞から抜け出せると思ってしまったのだ。
今にして思えば何という浅はかな思考か。
まだ出来上がっていない身体で、まだ手に馴染んでいない刀を使い、命のやり取りをただの修行として扱う。
そして最後はダンジョンの中で気を抜いてみすみすお爺ちゃんを傷つける?
恥を知れ!!
そんな温い心持ちで辿り着ける高みなど何処にもありはしない!
お前はずっとそんな心持ちで生き続けるのか!?
否、否、否!
なら、どうする?自分のこれまでの弱さを全て飲み込んで、取り返すしかないだろ!
──────
「あなたは壁です」
「は?」
私の言葉に男は意味がわからなさそうな顔をするが、構わず私は続ける。
「私の弱さが生み出した壁です」
「だから、私はあなたを乗り越えなければなりません」
「反論の余地がないほど、徹底的に」
「だから──」
私は男を真っ直ぐと目で射抜き、鯉口を鳴らして腰を落とす。
「──私のために死んで下さい」
「っは!!生意気!!」
────視界から色が消えた。




