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そして、勇者は世界を救った。  作者: 雨鷽
〔第一部〕 一章 物語の終わり / 幸福からの追放
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八節 「協力者」

 控えめなノックに顔を上げる。


 扉を開けると、大きな籠を持ったベルロードが立っていた。


「……持つか?」


 身を引きながらそう言うと「平気よ」とベルロードは机に籠を置いた。籠の中を覗くと、ティーセットや焼き菓子。貝殻や布、よくわからない道具……とにかくたくさんの物が雑多に詰め込まれていた。


「こんなに……」


 ベルロードはティーセットを取り出しながら微笑む。

「貴方に眠ってほしいだけよ。これから、たくさん働いてもらわなくちゃいけないから」


 彼女はティーポットを開け、魔法で水を満たす。缶に入っていた藍色の草を入れると、微かに抜けるような香りが漂ってくる。


「これはアマルモネのお茶よ。眠りを誘う効果があるの」


 ベルロードはティーカップを取り出し、二つのカップに紅茶を注いだ。


「どうぞ」


 聖国でよく飲んだソアル茶とも、元の世界の紅茶とも違う、不思議な風味だった。暖かいはずなのに、飲んだ瞬間から鼻から涼しい風が抜けていく感覚。


「……どうかしら」


「ああ……美味しいよ」


 顔を上げると、ベルロードが眉を下げていた。その表情はすぐに消え、彼女は籠の中のものを机の上に並べ始めた。


「気になるものがあったら手に取ってくれて構わないわ」


 とりあえず手に取ったのは手のひら大の巻き貝。ベルロードはちらりとそれを見ると「スリフムの貝殻ね」と微笑んだ。


 ベルロードは俺の手から貝を取ると、俺の耳に寄せてきた。

 波のような音に混じって、微かに誰かの歌声のような、鳴き声のようなものが聞こえる。聞き取れるような聞き取れないような、そのくらいの声を追いかけていくと、段々と意識が遠のくような気がする。


 薄れていく意識の端を感じながら、ゆっくりと息を吐く。貝から聞こえるその音を追う。


――「誰が何と言おうと、ずっと仲間だ」


 あの日の笑顔と、明るく照らす朝日。

 握られた手の温度と、焼けるような夕陽。 

 覚悟を決めた柔らかな声と、白く光る月明かり。

 こちらを見つめる瞳と、美しい朝焼け。


 まだ、何も消えていないのに。


――「貴様を、パーティーから追放する!」


 あの青空が全てを覆う。

 すべてを照らして、すべてが白く褪せていく。

 呼吸も、温度も、声も、光も、すべてが照らされて上塗りされる。


「カナト」 


 名前を、呼ばれ。

 手に、熱が触れる。


「……ここには、貴方を傷付ける物はないから」


 今は夜で、部屋には月明かりが僅かに差すばかり。

 赤い瞳が、こちらを見ている。 


「――っ」


 声は、出なかった。

 頬が歪む。唇が震える。

 手を、ゆっくりと撫でられる。


「なんで……っ」


 震える声に、彼女は答えなかった。

 目を伏せる。

 手の温かさだけが、俺を繋ぎ止めていた。

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