八節 「協力者」
控えめなノックに顔を上げる。
扉を開けると、大きな籠を持ったベルロードが立っていた。
「……持つか?」
身を引きながらそう言うと「平気よ」とベルロードは机に籠を置いた。籠の中を覗くと、ティーセットや焼き菓子。貝殻や布、よくわからない道具……とにかくたくさんの物が雑多に詰め込まれていた。
「こんなに……」
ベルロードはティーセットを取り出しながら微笑む。
「貴方に眠ってほしいだけよ。これから、たくさん働いてもらわなくちゃいけないから」
彼女はティーポットを開け、魔法で水を満たす。缶に入っていた藍色の草を入れると、微かに抜けるような香りが漂ってくる。
「これはアマルモネのお茶よ。眠りを誘う効果があるの」
ベルロードはティーカップを取り出し、二つのカップに紅茶を注いだ。
「どうぞ」
聖国でよく飲んだソアル茶とも、元の世界の紅茶とも違う、不思議な風味だった。暖かいはずなのに、飲んだ瞬間から鼻から涼しい風が抜けていく感覚。
「……どうかしら」
「ああ……美味しいよ」
顔を上げると、ベルロードが眉を下げていた。その表情はすぐに消え、彼女は籠の中のものを机の上に並べ始めた。
「気になるものがあったら手に取ってくれて構わないわ」
とりあえず手に取ったのは手のひら大の巻き貝。ベルロードはちらりとそれを見ると「スリフムの貝殻ね」と微笑んだ。
ベルロードは俺の手から貝を取ると、俺の耳に寄せてきた。
波のような音に混じって、微かに誰かの歌声のような、鳴き声のようなものが聞こえる。聞き取れるような聞き取れないような、そのくらいの声を追いかけていくと、段々と意識が遠のくような気がする。
薄れていく意識の端を感じながら、ゆっくりと息を吐く。貝から聞こえるその音を追う。
――「誰が何と言おうと、ずっと仲間だ」
あの日の笑顔と、明るく照らす朝日。
握られた手の温度と、焼けるような夕陽。
覚悟を決めた柔らかな声と、白く光る月明かり。
こちらを見つめる瞳と、美しい朝焼け。
まだ、何も消えていないのに。
――「貴様を、パーティーから追放する!」
あの青空が全てを覆う。
すべてを照らして、すべてが白く褪せていく。
呼吸も、温度も、声も、光も、すべてが照らされて上塗りされる。
「カナト」
名前を、呼ばれ。
手に、熱が触れる。
「……ここには、貴方を傷付ける物はないから」
今は夜で、部屋には月明かりが僅かに差すばかり。
赤い瞳が、こちらを見ている。
「――っ」
声は、出なかった。
頬が歪む。唇が震える。
手を、ゆっくりと撫でられる。
「なんで……っ」
震える声に、彼女は答えなかった。
目を伏せる。
手の温かさだけが、俺を繋ぎ止めていた。




