九節 その手の温度
町の人達に囲まれながら俺達はなだらかな坂道を登っていた。
両脇には家や店が建っており、町並みは普通の町と変わらない。
住民達はこの集団を見て、揃ったように歓迎の笑みを浮かべている。
先導する門番は角も翼も何もない。俺達を囲む人々も、魔人か人かの区別はなかった。
しばらく歩いた後、俺達はツタの絡みつく城の前に辿り着いた。
黒い石でできた門の前には、鎧を着たやたらと美しい男が二人立っている。
先導していた門番が「騎士様!」と声をかけると、彼らも町の人達と同じような笑顔を浮かべて俺達を見た。
「もしや、シルシ無しの方ですか?」
俺達を囲んでいた人たちが少しずつ離れていく。俺は声を潜め、ベルロードに囁いた。
「今なら逃げられそうだけど……」
「しばらくは従いましょう。何かあったら対処するし……彼らを傷つけるわけにはいかないわ」
ここにいる人達は攫われてきた人達で、魔法でここに縛られているだけだ。何の罪もない人々を傷付けるわけにはいかない。
彼らは何か話していたが、不意にこちらを向いた。俺は姿勢を正し、フードの縁を引っ張る。
「また狂化が起こったんだが、この方達が助けてくれたんだ」
「それはそれは……ありがとうございます。きっとタシオ様もお喜びになられますよ」
そう言うと、騎士と呼ばれた一人が俺達の前まで来た。小さく頭を下げると、城を指し示した。
「ここからは私が案内いたしますね」
門番に見送られながら俺達は城に入る。
純金の像や大きな宝石の付いたアクセサリーが至る所に飾られ、シャンデリアの光を受けてギラギラと反射していた。
壁には城外で見たツタが走っており、所々に濃いピンク色の花が咲いている。
豪華な服を着た容姿の整った男性とすれ違いながら俺達は城の奥へと進み、階段を降り始めた。
「これ……どこに向かってるんだ?」
壁に付けられた照明が少なくなり、人の気配もなくなり始めた。
「地下でございます」
騎士は振り返らずに、穏やかな声で答えた。
らせん状の階段を下りていると、壁ではなく土がむき出しになってきた。
客を通す場所ではないだろう。それなのに、誰も足を止めない。
そして予想通り、階段の先には鉄格子で区切られた空間が広がっていた。
騎士は通路を進み、腰に付けた鍵で鉄格子を開けようとしている。
「……ベルロード」
壁の照明に照らされた彼女の視線は、どこか焦点が合っていないようだ。ふっとこちらを見た彼女は、思い出したかのように魔法玉を一つ割る。
彼女の瞳に、光が戻った気がした。
「こちらへどうぞ。一人ずつ、お入りください」
騎士は恭しく地下牢の中を指し示す。
隣からベルロードが迷いなく歩み出て、牢の一室に入る。錆びた音がして牢が施錠された。
手慣れた様子で鍵を閉めた騎士がこちらを向く。
周囲には騎士一人しかいないようだ。彼女の強さなら無理をすれば逃げることだって可能なはずだが、ベルロードは大人しく牢に入った。
それなら今は逆らうべきではないのだろう。
……そう、思うことにした。
開けられた牢の中に入ると、背後で鉄格子の閉まる音がした。
「では、しばしお待ちください」
騎士の声と足音が響く。鉄格子から垣間見るに、騎士は地下室の入り口に立っているようだ。
握った鉄格子から冷気が伝わる。
ベルロードが見えない位置に入れられたし、見張りも立っている。彼女と意思疎通を図ることはできないだろう。
鉄格子を離し、牢の壁に身体を預ける。
牢の中には何もなく、ここから見えるのは空っぽの牢と、遠くの灯りが揺らめく光だけ。
どこかで水の落ちる音がする。
ひんやりとした土壁の温度を感じながら、目を閉じた。
――俺がこの世界に来てすぐのことを、思い出す。
■□
背中を蹴られ地面に転がる。起き上がる気力も湧かずそのままでいると、後ろで鉄格子が施錠された音がした。
「処刑は明日だ。そこで大人しくしてろ、異世界人」
吐き捨てるようにそう投げかけられ、足音が遠のく。後ろ手で縛られた手が痛い。唇が切れたのか、血の味がした。
剥き出しの土が体を冷やす。俺はのそのそと起き上がり、壁にもたれて視線を動かした。
向かいの牢は空っぽ。見える範囲で人はいないが、どこかから叫び声がする。
一国の王城の地下牢だ。俺一人だけ囚われているなんてことないか。
鉄格子。
この世界に来てから、牢に入れられてばかりだ。
俺が転生してきた町でも、有無を言わさず野晒しの檻に入れられた。
……だけど、あの時に比べたら、今はまだマシだ。檻の中には壺もあるし、薄くだが藁も敷いてある。
軽く笑おうとして、唇がピリと痛んでやめた。
それに、もう明日までしか生きられない。
突然この世界に来て、「異世界人」だからと散々罵られ、殴られた。
ここがどこで、何故虐げられないといけないのかも分からないまま俺は殺される。
理由を探そうという気も、何かを主張する気も、もう何も残っていない。
抵抗する気力も、生きようとする意志も尽きたはずなのに。
それなのに。
……ひとつだけ心残りがあるなら。
「……ユーシャ」
世界を救う勇者だとかいうのに、凶兆だとかいう俺を、身を挺して守ってくれた人。
俺が起きた村から王都までの数日の旅だったが、彼だけは俺を人間として扱ってくれた。
最後まで、突き放すことなんてしなかった。
ユーシャはこれから勇者として魔王を倒しに行くらしい。
お礼すら言えなかったから。せめて、あの人の旅の成功を祈ろう。
不意に、地下牢の入り口が騒がしいことに気付いた。
誰かが話しているようだが、内容までは分からない。複数の足音と話し声がこちらに近付いてくる。
顔を上げた瞬間、一人の男が牢の前に現れた。
壁掛けの松明の明かりに照らされて、彼の薄茶色の髪は輝いているようにも見える。
彼はふと顔をこちらに向けると、きゅっと結ばれた口元を小さく動かした。
「カナト」
そうやって俺の名前を呼ぶと、手に持っていた鍵束で俺の牢の鍵穴を回す。
呆気なく開いた鉄格子からユーシャが入ってくる。彼の靴が泥に濡れるのを、俺は見ていた。
「ユーシャ、何やって……」
ユーシャは綺麗なマントが汚れるのも構わず膝をつく。
色素の薄い、大きな瞳が俺を映した。
「一緒に…………行こう」
その言葉とともに差し出された手を、俺は――。
■□
――ガシャン!
突然鳴った音に現実へ引き戻される。
俺は立ち上がって、牢の外を覗いた。
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次回更新→3/24
追記:日付を間違えました……すみません……
来週からはちゃんと水曜日更新になります




