六節 花畑
町から出て、近くの山に入ってから数十分。
俺達は獣道を歩き続けていた。
お互いに、話しかけられることも、話しかけることもない。
ただ黙々と歩き続けていると、突然開けた場所に出た。
「おお……」
その光景に思わず声が漏れた。
一面に広がる背の低い草むらの中で、半透明の玉が陽光を受けてキラキラと光っていた。
茎についているそれはしゃぼん玉のようにも見える。
ムーフェ草がこんなに群生しているのは初めて見た。
ベルロードはしゃがみ、花をしげしげと眺めている。
彼女の指の先に小さな青い光が生まれ、ムーフェ草の中身が水色で満たされていく。
「魔力をこめすぎると割れるからな」
そう言った瞬間、指先の光が大きくなり、パチン、と花が割れた。
ベルロードは少しだけ驚いたような顔でムーフェ草を見ている。
「……調整が難しいんだよな」
ベルロードの隣にしゃがんで、ムーフェ草を指でつつく。
「次、やってみようぜ。まだこんなにあるんだ」
「……そうね」
彼女は近くにあったムーフェ草に指を伸ばすと、ゆっくりと玉の中が水色に溜まっていく。
「よし、今だ!」
俺の声にベルロードは指を離した。花は水色を溜めたまま揺れている。
割らないようにそっと茎から外し、ベルロードの持つ袋の中に入れた。
「これで完成……あとはこれに入れておけば良い」
「想定より入る魔力が少ないわね。……五十個くらい用意しようかしら」
「手伝うぞ」と言ってすぐに、俺に手伝えることはなかったと気付く。
ムーフェ草はそこら中にあるし、俺は魔法を使えないのだ。
ベルロードは顔を上げると、懐から1枚の紙切れを取り出した。
「薬屋から対価に薬草採集をお願いされているの。ついで、と言っていたけれど……」
渡された紙切れにざっと目を通す。
薬草の名前と特徴が書いてある。いくつかはこの辺りにも生えてそうだ。
「任せてくれ」
「それならお願いするわ。遠くには行かなくていいから」
そう言ってベルロードは再び魔力玉を作り、俺は紙切れを見ながら、薬草を探し始めた。
■□
気付くと、薬草を入れていた小さな袋がいっぱいになっていた。
ずっとしゃがんで作業していたせいか肩が凝った。ぐっと伸びをして、ベルロードを探す。
彼女はムーフェ草の花畑の中にいた。
傍らに置かれた袋はずいぶん膨らんでいて、魔力玉を作るのもすでに手慣れた様子だ。
……クロンでも慣れるのに結構時間がかかったのに。
「薬草採集は終わったぞ。そっちはどうだ?」
「あと十個くらい用意すれば終わりよ」
「流石だな。じゃああっちの木陰で――」
ベルロードが突然俺の唇に人差し指を当てて、警戒するように周囲を見渡した。
俺は側にあった革袋を持ち上げ、ベルロードの視線を追う。
「おかしな魔力反応がある……その袋、後ろの木陰に置きに行って」
耳元で囁かれた声に頷く。
足音を立てないように移動して、袋を置いた。
微かに足音が聞こえる。
おそらく一人分だ。魔物だろうか。
ベルロードの元に戻ろうと足を踏み出した途端、木々の向こう側に人影が見えた。
ベルロードが身構える。
人影が動き、その姿が日の下に出てきた。
低い背丈に、ツノも翼もない身体。
軍服や制服のような服を見て、地面を蹴った。
――クロルと同じ服。
「特待生――!」
ベルロードが驚いた顔で振り向く。
特待生の視線がこちらを向いた。
「固有魔力反応。異世界人を確認」
特待生が腕を伸ばし、手のひらをベルロードに向ける。
――狙いはベルロードだ。
特待生の手のひらに魔力が集まるのを見て、ナイフを握りしめた。
「あいつを気絶させるぞ!」
ベルロードよりも前に出る。
特待生の攻撃は魔法によるもの。俺が当たればいい。
「照準設定完了。攻撃開始します」
耳の横を風を切る音がした瞬間、背後で炸裂した特待生の攻撃魔法が、衝撃波となって俺を吹き飛ばした。
なんとか立ち上がり振り向くと、砂埃の向こうにムーフェ草が弾けているのが見え、ズン――と木の倒れる振動が響いた。
砂塵の中で淡く光る魔法陣。特待生は俺を向いていない。
「ベルロード、避けろ!」
叫びながら特待生に近付くが、こちらを向こうともしない。
砂埃の中からベルロードが飛び出し、手に持った短剣で切りかかる。
特待生の首筋にナイフが突き刺さったが、少しも動かず魔法陣が形成されていく。
それを見て、咄嗟にベルロードの身体を抱きかかえるようにして特待生から引きはがした。
「攻撃、開始――」
その声をかき消すように、背後で爆発が起こった。
衝撃と共にビチャビチャしたと頬に柔らかいものがぶつかる。
地面を滑り、咄嗟に目蓋を閉じる。
「……爆発、した……?」
ベルロードの掠れた声に、目を開ける。
地面に散らばる赤い肉片。
血生臭さと焦げ臭さをようやく感じ始めた。
周囲では衝撃に耐えきれなかったムーフェ草が、遅れて割れる音を立てていた。
胃液が上がってきて、口を押さえる。
ベルロードが立ち上がって腕を振った。
「少し濡らすわよ」
そう言った途端、俺の頭上から水がかけられた。
薄桃色の水が髪から滴り落ちる。後頭部の辺りをすくと、手にぬめる肉片が触れた。
吐き気を堪えながら身体をはたき、肉片と血を落とす。
その間にベルロードは魔力玉の入った袋を取りに行っていたらしい。
再び俺の隣に来ると、魔力で風を生み出した。
よろよろと顔を上げる。
「……無事、か?」
ベルロードに目立った外傷は無さそうだが、特待生の攻撃が直撃していたかもしれない。
「カナトが盾になってくれたおかげで、大した傷もないわ。貴方こそ、傷は平気?」
俺の腹の辺りに視線が向けられる。多少痛いが、傷は開いてなさそうだ。
「……大丈夫だ」
「一度屋敷に戻りましょう。そのままだと、町には入れないから」
ベルロードは風を止め、馬車を召喚した。
頬に触れると、乾いた血痕が剥がれ落ちた。




