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そして、勇者は世界を救った。  作者: 雨鷽
三章 誘惑の奴隷 / 世界の外れの私達
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六節 花畑

 町から出て、近くの山に入ってから数十分。


 俺達は獣道を歩き続けていた。

 お互いに、話しかけられることも、話しかけることもない。


 ただ黙々と歩き続けていると、突然開けた場所に出た。


「おお……」


 その光景に思わず声が漏れた。


 一面に広がる背の低い草むらの中で、半透明の玉が陽光を受けてキラキラと光っていた。

 茎についているそれはしゃぼん玉のようにも見える。

 ムーフェ草がこんなに群生しているのは初めて見た。


 ベルロードはしゃがみ、花をしげしげと眺めている。

 彼女の指の先に小さな青い光が生まれ、ムーフェ草の中身が水色で満たされていく。


「魔力をこめすぎると割れるからな」


 そう言った瞬間、指先の光が大きくなり、パチン、と花が割れた。

 ベルロードは少しだけ驚いたような顔でムーフェ草を見ている。


「……調整が難しいんだよな」


 ベルロードの隣にしゃがんで、ムーフェ草を指でつつく。


「次、やってみようぜ。まだこんなにあるんだ」


「……そうね」


 彼女は近くにあったムーフェ草に指を伸ばすと、ゆっくりと玉の中が水色に溜まっていく。


「よし、今だ!」


 俺の声にベルロードは指を離した。花は水色を溜めたまま揺れている。


 割らないようにそっと茎から外し、ベルロードの持つ袋の中に入れた。


「これで完成……あとはこれに入れておけば良い」


「想定より入る魔力が少ないわね。……五十個くらい用意しようかしら」


 「手伝うぞ」と言ってすぐに、俺に手伝えることはなかったと気付く。

 ムーフェ草はそこら中にあるし、俺は魔法を使えないのだ。


 ベルロードは顔を上げると、懐から1枚の紙切れを取り出した。


「薬屋から対価に薬草採集をお願いされているの。ついで、と言っていたけれど……」


 渡された紙切れにざっと目を通す。

 薬草の名前と特徴が書いてある。いくつかはこの辺りにも生えてそうだ。


「任せてくれ」


「それならお願いするわ。遠くには行かなくていいから」


 そう言ってベルロードは再び魔力玉を作り、俺は紙切れを見ながら、薬草を探し始めた。


■□


 気付くと、薬草を入れていた小さな袋がいっぱいになっていた。

 ずっとしゃがんで作業していたせいか肩が凝った。ぐっと伸びをして、ベルロードを探す。


 彼女はムーフェ草の花畑の中にいた。

 傍らに置かれた袋はずいぶん膨らんでいて、魔力玉を作るのもすでに手慣れた様子だ。


 ……クロンでも慣れるのに結構時間がかかったのに。


「薬草採集は終わったぞ。そっちはどうだ?」


「あと十個くらい用意すれば終わりよ」


「流石だな。じゃああっちの木陰で――」


 ベルロードが突然俺の唇に人差し指を当てて、警戒するように周囲を見渡した。


 俺は側にあった革袋を持ち上げ、ベルロードの視線を追う。


「おかしな魔力反応がある……その袋、後ろの木陰に置きに行って」


 耳元で囁かれた声に頷く。


 足音を立てないように移動して、袋を置いた。


 微かに足音が聞こえる。

 おそらく一人分だ。魔物だろうか。


 ベルロードの元に戻ろうと足を踏み出した途端、木々の向こう側に人影が見えた。


 ベルロードが身構える。

 人影が動き、その姿が日の下に出てきた。


 低い背丈に、ツノも翼もない身体。

 軍服や制服のような服を見て、地面を蹴った。


 ――クロルと同じ服。


「特待生――!」


 ベルロードが驚いた顔で振り向く。

 特待生の視線がこちらを向いた。


「固有魔力反応。異世界人を確認」


 特待生が腕を伸ばし、手のひらをベルロードに向ける。


 ――狙いはベルロードだ。


 特待生の手のひらに魔力が集まるのを見て、ナイフを握りしめた。


「あいつを気絶させるぞ!」


 ベルロードよりも前に出る。

 特待生の攻撃は魔法によるもの。俺が当たればいい。


「照準設定完了。攻撃開始します」


 耳の横を風を切る音がした瞬間、背後で炸裂した特待生の攻撃魔法が、衝撃波となって俺を吹き飛ばした。

 なんとか立ち上がり振り向くと、砂埃の向こうにムーフェ草が弾けているのが見え、ズン――と木の倒れる振動が響いた。


 砂塵の中で淡く光る魔法陣。特待生は俺を向いていない。


「ベルロード、避けろ!」


 叫びながら特待生に近付くが、こちらを向こうともしない。


 砂埃の中からベルロードが飛び出し、手に持った短剣で切りかかる。


 特待生の首筋にナイフが突き刺さったが、少しも動かず魔法陣が形成されていく。


 それを見て、咄嗟にベルロードの身体を抱きかかえるようにして特待生から引きはがした。


「攻撃、開始――」


 その声をかき消すように、背後で爆発が起こった。


 衝撃と共にビチャビチャしたと頬に柔らかいものがぶつかる。


 地面を滑り、咄嗟に目蓋を閉じる。


「……爆発、した……?」


 ベルロードの掠れた声に、目を開ける。


 地面に散らばる赤い肉片。

 血生臭さと焦げ臭さをようやく感じ始めた。


 周囲では衝撃に耐えきれなかったムーフェ草が、遅れて割れる音を立てていた。


 胃液が上がってきて、口を押さえる。

 ベルロードが立ち上がって腕を振った。


「少し濡らすわよ」


 そう言った途端、俺の頭上から水がかけられた。

 薄桃色の水が髪から滴り落ちる。後頭部の辺りをすくと、手にぬめる肉片が触れた。


 吐き気を堪えながら身体をはたき、肉片と血を落とす。


 その間にベルロードは魔力玉の入った袋を取りに行っていたらしい。

 再び俺の隣に来ると、魔力で風を生み出した。

 よろよろと顔を上げる。


「……無事、か?」


 ベルロードに目立った外傷は無さそうだが、特待生の攻撃が直撃していたかもしれない。


「カナトが盾になってくれたおかげで、大した傷もないわ。貴方こそ、傷は平気?」


 俺の腹の辺りに視線が向けられる。多少痛いが、傷は開いてなさそうだ。


「……大丈夫だ」


「一度屋敷に戻りましょう。そのままだと、町には入れないから」


 ベルロードは風を止め、馬車を召喚した。


 頬に触れると、乾いた血痕が剥がれ落ちた。

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