五節 予感
俺とベルロードは馬車に乗ってコニーイアという町に向かっていた。
「こっちは……大橋の方向か?」
「ええ。聖国に近い方が魔力濃度が低いから」
なんとなく見覚えのある景色だ。
眼下に広がる森を眺めていると、突然、キャビンの中にリリィン――と甲高い鈴の音が鳴った。
「なんだ……?」
ベルロードが小窓から外を覗く。
「この魔力……」
珍しく彼女の眉が一瞬歪んで、ドアを開ける。
風が吹き込んできて咄嗟に椅子を握りしめた。
「今すぐ馬車から降りるわよ」
「降りる、って……まだ空中だろ?!」
半開きになった扉の先には地面なんかない。
ベルロードは髪をはためかせ、振り向いた。
「抱きついていいから」
「え!?」
「安心して。絶対に落としたりなんかしないわ」
……そこじゃない!
若干ズレた返しに内心で叫びながらも、覚悟を決める。
うだうだ言ってても仕方ないし、代わりにできることなんてないんだ。
「――よろしく、頼む!」
胸のあたりに柔らかい感触。髪から香る花のような香り……などを気にしないようにしてベルロードに抱きつく。
「しっかり捕まっていて!」
ベルロードはそのまま扉から落ちていった。
彼女が腕を伸ばす。後ろで馬が嘶いて、その声が消えた。
そのまま、森へ向かって落ちていく。
ガサガサガサッ――と枝を折りながら落下し、地面に着く寸前にふわりとベルロードの身体が止まった。
彼女に抱き留められる形で地面に降り、そっと降ろされた。
……完全にお姫様抱っこの形だった。
ベルロードが上空を見上げ、つられるように顔を上げると、木々の隙間から空を飛ぶ黒い人型の鎧が見えた。
光を反射して鈍く光っているそれは、何かを探すように旋回している。
「魔導躯体……」
確か、学園の兵器のひとつ。
聖国側の大橋周辺に展開されているらしいが……魔国で見たのは初めてだ。
「以前から国境付近で確認されてはいたけど……ここまで来ているのね……」
すると突然大きな鳥が飛んできて、魔導躯体を咥えて飛び去っていった。
二人とも揃って視線を下ろす。
「町はすぐそこだったわね。ここからは歩いていきましょう」
「……俺はここで待ってるよ。一緒に町に入ったら、面倒事になるかもしれない」
俺は近くの切り株に腰を下ろした。
「一緒に行くわよ。貴方の服には魔法がかかっているんだから問題ないでしょう?」
「ああ……だけど、完全じゃないからな。バレる可能性はあるんだ」
俺の服には簡易的な認識阻害の魔法がかかっていて、初対面で感じる「違和感」を軽減させてくれるらしい。
だけど完璧に「違和感」を消すことはできないから、異世界人だとバレてしまうことが何度もあった。
「ここには魔物だっているし。国境付近だから、兵士に見つかっても面倒よ」
遠くで「ギャ!」と何かの鳴き声がした。
確かに魔国の魔物を俺一人で倒せるかというと……不安だ。
まだ傷も癒えきってないし、なるべく目立たないようにするのが良いか。
「わかった。付いていくよ。もし何かあったら……」
「私が何とかするわ」
立ち上がり、歩き始めたベルロードの後に続く。
彼女の言葉通り、歩き始めて数十分後に町に入った。
軽く周囲を窺ったが、人通りが多く、割と目立たずに行動できそうだった。
「思ったより人が多いな」
「国境の近くだから兵士が多いのよ。そのせいかしらね……」
大通りには武装した人が多く、油断したらぶつかってしまいそうだった。
「まずはムーフェ草を探さないと。どこに行くべきかしら」
「情報を集めるなら酒場か、売ってそうなのは薬屋か?」
ちょうど「薬」と読める看板を見つけたので指を指す。ベルロードも気付いたようで小さく頷いた。
薬屋があるのは店が並ぶ通りのようで人通りが多い。俺は一歩足を引いた。
「じゃあここで待ってる。……注目されると魔法が剥がれやすいんだ」
「……わかったわ。すぐに戻るから」
ベルロードはすいすいと人混みの中を通っていく。
彼女の姿が見えなくなった頃合いに、人の少なさそうな建物の陰に移動した。
喧騒から少し遠のいて、息を吐く。
ふと視線を上げると掲示板があった。
国や領主からの依頼や知らせが掲示されているはずだ。
興味が湧いて近付いてみる。
魔王の訃報。近くの店のセール情報。捧魔祭のお知らせ。
流し見していた視線が、一つの真新しい掲示で止まった。
――凶兆たる異世界人を排除し、その証を携え来た者に相応の褒賞を与える。
署名はコトルグリング。聞いたことが無い名前だ。
「お前さんも異世界人狩り、興味あるのかァ?」
「――ッ!」
背後からかけられた声に胃が縮む。
逃げ出しそうになる身体を必死に押しとどめ、フードを深く被り直した。
「それ、聖国のお偉いサンからって話だぜ」
ヒヒ、と笑い声をあげながら、隣に背中の曲がった男が現れた。
手には酒瓶を持っており、顔も赤い。
「しかも魔王様の仇だもんな。魔国の王族からも褒美がもらえたりしないかなァ」
「……こ、これ、イタズラ、とかじゃ……」
「オイオイ、今酒場じゃ一番アツい話だぜ? イタズラで済まされるかよ」
ゲラゲラ笑う男の腰には武器がぶら下がっていた。酒臭い息がムワリと漂ってくる。
腹の傷が痛みだした。
これに、聖国が関わっているのなら。
もしも、魔国の「上」も関わっているのなら――。
「待たせたわね」
思考が止まる。後ろにいたのはベルロードだった。
「オイオイ、こんな美人なネーちゃん連れてんのかよ!」
彼女は酔っ払いの男に視線を向けると、にっこりと微笑んだ。
男の顔がさらに赤くなる。明らかに見惚れているようだった。
「ごめんなさい。私達もう行かないといけないの」
「あ、お……おう……」
唸るような声を出す男に背を向け、ベルロードは歩き出す。
後に続いて、俺達は人の流れに乗った。
「ムーフェ草は売ってなかったけど群生地を教えてもらったわ。地図ももらったから、今から向かうわよ」
ベルロードの言葉は頭を素通りしていった。
過るのは、あの掲示の文言と、男の言葉ばかり。
「……顔色が悪いわね。何かあった?」
「いや……」
ベルロードにとって、俺が父親の仇なのは本当だ。
マントの下で、拳を握る。
……だとしても、今の俺があるのは彼女のおかげなのだ。
今は、それだけが確かなように感じられた。




