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そして、勇者は世界を救った。  作者: 雨鷽
三章 誘惑の奴隷 / 世界の外れの私達
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五節 予感

 俺とベルロードは馬車に乗ってコニーイアという町に向かっていた。


「こっちは……大橋の方向か?」


「ええ。聖国に近い方が魔力濃度が低いから」


 なんとなく見覚えのある景色だ。

 眼下に広がる森を眺めていると、突然、キャビンの中にリリィン――と甲高い鈴の音が鳴った。


「なんだ……?」


 ベルロードが小窓から外を覗く。


「この魔力……」


 珍しく彼女の眉が一瞬歪んで、ドアを開ける。

 風が吹き込んできて咄嗟に椅子を握りしめた。


「今すぐ馬車から降りるわよ」


「降りる、って……まだ空中だろ?!」


 半開きになった扉の先には地面なんかない。

 ベルロードは髪をはためかせ、振り向いた。


「抱きついていいから」


「え!?」


「安心して。絶対に落としたりなんかしないわ」


 ……そこじゃない!

 若干ズレた返しに内心で叫びながらも、覚悟を決める。

 うだうだ言ってても仕方ないし、代わりにできることなんてないんだ。


「――よろしく、頼む!」


 胸のあたりに柔らかい感触。髪から香る花のような香り……などを気にしないようにしてベルロードに抱きつく。


「しっかり捕まっていて!」


 ベルロードはそのまま扉から落ちていった。


 彼女が腕を伸ばす。後ろで馬が嘶いて、その声が消えた。


 そのまま、森へ向かって落ちていく。


 ガサガサガサッ――と枝を折りながら落下し、地面に着く寸前にふわりとベルロードの身体が止まった。


 彼女に抱き留められる形で地面に降り、そっと降ろされた。

 ……完全にお姫様抱っこの形だった。


 ベルロードが上空を見上げ、つられるように顔を上げると、木々の隙間から空を飛ぶ黒い人型の鎧が見えた。


 光を反射して鈍く光っているそれは、何かを探すように旋回している。


「魔導躯体……」


 確か、学園の兵器のひとつ。

 聖国側の大橋周辺に展開されているらしいが……魔国で見たのは初めてだ。


「以前から国境付近で確認されてはいたけど……ここまで来ているのね……」


 すると突然大きな鳥が飛んできて、魔導躯体を咥えて飛び去っていった。


 二人とも揃って視線を下ろす。


「町はすぐそこだったわね。ここからは歩いていきましょう」


「……俺はここで待ってるよ。一緒に町に入ったら、面倒事になるかもしれない」


 俺は近くの切り株に腰を下ろした。


「一緒に行くわよ。貴方の服には魔法がかかっているんだから問題ないでしょう?」


「ああ……だけど、完全じゃないからな。バレる可能性はあるんだ」


 俺の服には簡易的な認識阻害の魔法がかかっていて、初対面で感じる「違和感」を軽減させてくれるらしい。

 だけど完璧に「違和感」を消すことはできないから、異世界人だとバレてしまうことが何度もあった。


「ここには魔物だっているし。国境付近だから、兵士に見つかっても面倒よ」


 遠くで「ギャ!」と何かの鳴き声がした。


 確かに魔国の魔物を俺一人で倒せるかというと……不安だ。

 まだ傷も癒えきってないし、なるべく目立たないようにするのが良いか。


「わかった。付いていくよ。もし何かあったら……」


「私が何とかするわ」


 立ち上がり、歩き始めたベルロードの後に続く。



 彼女の言葉通り、歩き始めて数十分後に町に入った。

 軽く周囲を窺ったが、人通りが多く、割と目立たずに行動できそうだった。


「思ったより人が多いな」


「国境の近くだから兵士が多いのよ。そのせいかしらね……」


 大通りには武装した人が多く、油断したらぶつかってしまいそうだった。


「まずはムーフェ草を探さないと。どこに行くべきかしら」


「情報を集めるなら酒場か、売ってそうなのは薬屋か?」


 ちょうど「薬」と読める看板を見つけたので指を指す。ベルロードも気付いたようで小さく頷いた。


 薬屋があるのは店が並ぶ通りのようで人通りが多い。俺は一歩足を引いた。


「じゃあここで待ってる。……注目されると魔法が剥がれやすいんだ」


「……わかったわ。すぐに戻るから」


 ベルロードはすいすいと人混みの中を通っていく。


 彼女の姿が見えなくなった頃合いに、人の少なさそうな建物の陰に移動した。

 喧騒から少し遠のいて、息を吐く。


 ふと視線を上げると掲示板があった。

 国や領主からの依頼や知らせが掲示されているはずだ。

 興味が湧いて近付いてみる。


 魔王の訃報。近くの店のセール情報。捧魔祭のお知らせ。

 流し見していた視線が、一つの真新しい掲示で止まった。



 ――凶兆たる異世界人を排除し、その証を携え来た者に相応の褒賞を与える。



 署名はコトルグリング。聞いたことが無い名前だ。


「お前さんも異世界人狩り、興味あるのかァ?」


「――ッ!」


 背後からかけられた声に胃が縮む。

 逃げ出しそうになる身体を必死に押しとどめ、フードを深く被り直した。


「それ、聖国のお偉いサンからって話だぜ」


 ヒヒ、と笑い声をあげながら、隣に背中の曲がった男が現れた。

 手には酒瓶を持っており、顔も赤い。


「しかも魔王様の仇だもんな。魔国の王族からも褒美がもらえたりしないかなァ」


「……こ、これ、イタズラ、とかじゃ……」


「オイオイ、今酒場じゃ一番アツい話だぜ? イタズラで済まされるかよ」


 ゲラゲラ笑う男の腰には武器がぶら下がっていた。酒臭い息がムワリと漂ってくる。

 腹の傷が痛みだした。


 これに、聖国が関わっているのなら。

 もしも、魔国の「上」も関わっているのなら――。


「待たせたわね」


 思考が止まる。後ろにいたのはベルロードだった。


「オイオイ、こんな美人なネーちゃん連れてんのかよ!」


 彼女は酔っ払いの男に視線を向けると、にっこりと微笑んだ。

 男の顔がさらに赤くなる。明らかに見惚れているようだった。


「ごめんなさい。私達もう行かないといけないの」


「あ、お……おう……」


 唸るような声を出す男に背を向け、ベルロードは歩き出す。

 後に続いて、俺達は人の流れに乗った。


「ムーフェ草は売ってなかったけど群生地を教えてもらったわ。地図ももらったから、今から向かうわよ」


 ベルロードの言葉は頭を素通りしていった。


 過るのは、あの掲示の文言と、男の言葉ばかり。


「……顔色が悪いわね。何かあった?」


「いや……」


 ベルロードにとって、俺が父親の仇なのは本当だ。

 マントの下で、拳を握る。


 ……だとしても、今の俺があるのは彼女のおかげなのだ。


 今は、それだけが確かなように感じられた。


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