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そして、勇者は世界を救った。  作者: 雨鷽
〔第一部〕 一章 物語の終わり / 幸福からの追放
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二節 追放

「今、なんて――」

 絞り出すようにした声は震えて、途中で途切れた。


「聞こえなかったか? 貴様のために無駄な時間を使いたくないのだが……」

 ラディーヌは呆れたように息を吐き、剣を下ろす。靴音を響かせながら数歩近付いてきて、切っ先を喉元に突きつけた。


「追放だ。異世界人め!」


「…………う、うそ、だよな……?」


 ラディーヌがそんな悪趣味な噓を吐くはずない。冗談だとしても、人を辱めるようなことは言わない。そもそも、あまり冗談なんて言わないはずで……違う、違う。

 暴走しそうになる思考を必死で止める。

 ラディーヌの様子は明らかにおかしい。魔法や薬の影響としか考えられない。


 俺は彼女の奥にいる三人に視線を向けた。クロンと視線が合って、その瞬間、彼女の口元が小さく動く。


 火球が生まれる。


 気付いたときには、火球が耳横を通り過ぎていた。背後で悲鳴が上がる。

 クロンが小さな手で魔導書を抱きしめるのが見えた。

「見ないでください……不愉快、です」


 焦げた臭いが今更漂ってきて、膝から力が抜けてへたり込んだ。

 クロンは、幼さの残る顔を歪めて、冷たく俺を睨んでいた。髪飾りのリボンが、はたはたと揺れているのをぼんやりと目に写す。


「本当は、あなたが仲間だったなんて屈辱でしかないのよ」

 ユララが、クロンを俺から隠すように立ちはだかって吐き捨てた。いつもの暖かな声色は無く、その刺すような冷たさに心臓が鳴る。


 ユララは魔法への耐性が高い。薬に関しても知識を持っている。彼女もおかしくなっているなら、相当高度で悪質な魔法か魔薬に違いない。


 ――だけど、そんなこと可能なのか?


 俺達は魔国の王である魔王を倒した。

 聖国とは比べ物にならないほど魔法の発達したあの国を相手取ったのだ。魔法への対策は徹底していたし、知識も大抵の聖国の人間よりあるはず。身体の魔法耐性だって散々強化してきた。並の魔法や魔薬じゃ操れないはずだ。


 だから、魔法でないならば。

 心臓のあたりが軋む。俺は一縷の望みをかけて視線を動かした。


「ゆ、ユーシャ、お前は――」

 ユーシャはその端正な顔をこちらに向けた。群衆の視線が彼に向けられる。大広場のざわめきが少しだけ静まった。

 ユーシャは一度だけ瞬きをした。光を受けた薄茶色の髪が揺れ、彼のマントがはためいた。


「……おまえは……僕たちの、仲間じゃない」


 抑揚のない平坦な声。ざわめきが一層静まった。すべての人が、ユーシャの声に耳を傾けようとしていた。


「……はじめから、仲間なんかじゃなかった」


 静かで、淡々としたその声は、しかし確かに広場に響いた。ユーシャが視線を外すと、広場は再び騒々しさに包まれた。


「なんで……」


「なぜか、だと?」

 目の前でラディーヌが苛立った声をあげる。


「異世界人をパーティーに入れているのが、単なる慈悲だと思っていたのか?」


 彼女は一瞬だけ目を伏せた。

「役に立つからパーティーに入れていたとでも? それとも……」


 向けられた切っ先がわずかに震えている。ラディーヌが唇を噛んだのが、見えた。

「お前のことを好ましく思っていたから仲間にしたのだとでも考えていたのか?」


 彼女は一度地面に視線を落とし、再びキッと睨みつける。

「ならば教えてやろう……ここに居る皆も聞いてくれ!」


 ラディーヌは剣を鞘に納める。様子を窺っていた神官や騎士、騒ぎを察して大広場に集まり始めた民衆に向かって声を張り上げた。


「異世界人は凶兆の証だ。だが同時に、特別な力を持つとされていることは知っているな。だから、何かの役に立つと思い、貴様をパーティーに入れていた」


 ダン、と音を立てて彼女は足を踏み降ろす。

「しかし、貴様は魔王征伐の中で何をした? 剣もろくに振るえなければ魔法も使えない……役立たずで、足手まといだった!」


 半ば叫ぶような彼女の声に、俺は顔を上げられなかった。ラディーヌの荒い呼吸が俺にまで聞こえる。彼女の視線がこちらに向けられ、震える声でラディーヌは続けた。


「そのくせ仲間面をし、国王より魔王征伐の褒章を受け取ろうとしている。厚かましいと思わないのか?」



 否定も、反論も、できなかった。

 俺は確かに足手まといだった。守られているばかりだった。だからといって見捨てるような仲間たちではなかった。だけど、それでもいつか、見限られるのではないかと。その感情は拭いきれなかった。


 ――それが現実になっただけ、なのに。

 本当は、みんな俺のことを邪魔だと思っていたのだろうか。

 あの時の笑顔も。流した涙も。魔王を殺したあの瞬間の表情も。全部、嘘だったのだろうか。

 

「王よ。発言の許可を」


 声が上がった方へ視線が集まる。俺もゆっくりと顔を上げた。豪奢なローブを着た長身の老爺が、杖をつきながらゆっくりと中央に出てくる。


「学園長か……許可する」


「ありがとうございます」


 学園長と呼ばれたその老爺は、辺りをゆっくりと見渡して、口元を歪に歪ませながら言葉を発する。


「クロン。この女の言葉に、誤りはないな?」


 大広場の喧騒が一段階遠のく。

 ユララの陰に隠れるようにして、クロンは手首に爪を立てていた。


「はい……」


 クロンは一層強く魔導書を抱きしめながら頷く。それを見て老爺は、自分の調律した楽器が想定通りの音を奏でたときのように、満足気に頷いた。そして国王を見て、恭しく頭を下げる。


「国王も知っての通り、クロンは〈学園〉の模範生徒であります。彼女は嘘など吐きませぬ」


「……ああ。そうだな」


 国王はゆっくりと頷き、こちらを見下ろした。

「勇者パーティーの追放を許可する。して、そこの異世界人をどうする?」


 ラディーヌは俺に背を向け、国王に最敬礼を返す。


「この祝祭の日に、この場所を異世界人の血で汚すわけにはいきません。――国外追放を提案します」


「許可する」


 国王の重々しい声が大広場に響いた。


「異世界人」


 国王の目と、仲間たちの目と、広場に集まったすべての人々の目が、こちらを向いた。

 息が荒い。唇が震えている。だけど誰も、それには気付かないのだろう。俺の周りには誰もいない。遠く、王城の二階から、国王が見下ろしている。

 

「即刻この聖国から去れ。そして、二度とこの地を踏むな」


 王城の上には、水色の空が広がっていた。

 今日は陽が気持ちの良い、昼寝日和で。

 ハッピーエンドに相応しい、そんな日だった。


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