八節 魔力と権力
建物から出ると大きな開けた場所に出た。
辺りには建物がいくつか並んでいて、白衣を着たひと達が出入りしている。
街で見たように、その大抵が角や尻尾があった。彼らが一瞬こちらを向いているような気がしたが、俺を見たのかはわからなかった。
ベルロードが召喚した馬車に乗り、俺達はスフィス領を出た。しばらくお互い黙ったままで、俺は窓の外を見ていた。
「貴方はスフィス領を、レフタル達を見て、どう思った?」
ベルロードが小首を傾げる。
「研究機関みたいだな、とは……」
「ええ。スフィス領はほとんどの領民がが研究者だし、徴税も特殊な形で行われている……でも、そこじゃない」
俺が黙ると、ベルロードは静かに口を開いた。
「レフタルは魔力量が高いわけではないけれど、皆に慕われる領主なの」
確かに、途中から入ってきた白衣達は見た目が魔物に近かったが、彼の言うことを素直に聞いていた。
「今の魔国は魔力がそのまま立場になる。スフィス領だけが唯一の例外で……スフィス領は、私の目指す世界に近い」
「……魔国全土がスフィス領みたいになったら、困らないか?」
「近いのよ。私の理想そのものじゃないわ」
ベルロードが微笑を浮かべ、窓を見た。赤い瞳が瞬いて、睫毛が伏せられる。
「――王はすべての民の幸福を実現するために存在する」
その言葉だけが諳んじたかのように宙に浮いた。けれどその声色は、確かな熱が籠っている。
「……私は魔国のすべての人間を幸福にする。聖国との共生も、そのため」
ベルロードは柔らかく微笑んだ。
「貴方の力が必要なの。だから、今回はありがとう」
「……ああ」
彼女はまだ俺のことを切り捨てるつもりはないらしい。多少はスフィス領での「研究」にも安心できそうだ。
「だから、約束通り、勇者達の情報を教えるわ」
月明かりが窓から差す。遠くで、魔物の遠吠えが聞こえた。
「クロンが、学園に戻った」
その意味を理解する前に、指先が跳ねた。
手先が一気に冷え、俺は拳を握りしめる。鼓動がやけにうるさく聞こえた。
あの日の青空が瞼の裏で瞬く。クロンの固まった表情。初めて見た〈学園長〉の姿。
「助けに、いかないと」
まだ声は震えていた。クロンにとってあの場所は、「戻る」場所なんかじゃない。
だから俺は、クロンの帰る場所になるって約束を、して――違う。それすら、嘘だったのかもしれないのだ。
爪が手のひらに刺さる。息が詰まった。
「勇者達は、誰も止めなかったそうよ」
「……そう……か」
ベルロードの声の冷たさに、思考が少しだけ落ち着いた。震える息を吐いて、浅く呼吸する。
戻る場所なんて、自分で決めるものだ。クロンがあの場所を選んだというのなら、「助ける」なんて烏滸がましい。
だけど、クロンが選んで学園に戻ったのならば。彼女達と重ねた日々が、全くの無意味だったのならば。
俺はあの旅で、何を救えたのだろうか。




