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そして、勇者は世界を救った。  作者: 雨鷽
二章 安寧の対価 / 狂いゆく戦闘
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七節 研究対象

「本題に戻そう。カナト、狂化した魔物と戦って、違和感などはあったか?」


「……わからない。狂化なんて初めて聞いた」


「聖国に狂化はないのか?」


「俺の知る限りでは」


 彼は「ふむ」と言ったきり黙ってしまった。ベルロードが苦笑しながら口を開く。


「貴方をここに連れてきたのは、取引のためなの」


「……取引?」


「キミには私たちの実験に協力してもらいたい」


 レフタルの目がこちらを見据えた。


「全く魔法が効かない存在というのは例がない。キミは、良い研究対象だ。

安心しろ。キミは貴重な存在だから、観察と検証が主になる」


 そう言って嬉しそうに口端を上げる。彼の瞳は相変わらず冷たかった。


 研究対象――その言葉に、クロンの縫合跡が残る身体が過って、背中に汗が伝う。


「……嫌だ、って言ったら?」


「これはベルロードとスフィス領の取引だ。キミの協力の対価に、我々は全面的に彼女の味方となる。つまり……キミが拒否するならば不利益を被るのはベルロードになるな」


 ベルロードを見ると、彼女の瞳は逸らされることなく、じっとこちらを見ていた。

 彼女と出会ったときと同じ、強い光を湛えた目。

 俺とベルロードは協力者――だけど決して対等とは言えないのだ、と改めて実感した。


「黙っていたことは謝るわ。でも、貴方には協力してほしいと思っているの。スフィス領が味方になれば、私たちに付く貴族は確実に増える」


 彼女の赤い瞳が煌めいて、一歩、近付いてくる。ふわりと甘い香りが鼻をかすめた。


「もちろん貴方にも利があるようにする。勇者たちの情報を教えるわ」


「――それは」


「勿論貴方が知らない情報よ。今ここで言ってもいいけれど……」


 ちらりとベルロードはレフタルを見遣る。俺は首を振って彼女を制した。


 勇者パーティーは魔国にとって、おそらく敵だ。

 レフタルは直接害意を向けてこないが、他のひと達がどうであるかはわからない。どこで誰が聞いているのか分からないのだ。


 ユーシャ達の情報は俺一人では確実に手に入らない。レフタル達のことは信用しきれないが、ベルロードが俺に利用価値を見出しているならば殺される可能性は低いだろう。


「……わかった」


 ベルロードはにっこりと笑い、レフタルも少しだけ口端を上げた。

 レフタルが手を伸ばしてくる。俺はその手を握った。


「これから良い関係が築けることを祈っているよ」


「ああ……よろしく頼む」


 レフタルがふっと扉の方を見る。

 手を離し、そのまま扉を開けると、驚いた顔で何人かがこちらを向いて立っていた。


「やっぱりあの辺りだけ魔力の流れが止まってる」


「生体反応はあるのに! 不思議!」


「身体動いてないのかしら。やっぱり身体って魔法によって動いている?」


「どいて……! 異世界人、私も見たい!」


 部屋の中が一気に騒がしくなる。レフタル「キミたち……」と大きなため息を吐いた。


 彼らがビクッと震えて立ち上がる。よく見れば、老若男女様々なひとがいた。レフタルは彼らの前に立つと冷たい視線を向けた。 


「挨拶もなしに立ち聞きするなど、研究者としての矜持が足りていない。ちゃんと一つずつ過程を踏みなさい」


「は、はい!」


「すみません……」


「今日は帰りなさい。彼については後日連絡するから勝手な行動は慎むように」 


 レフタルがそう言うと「失礼します」と言いながら彼らは帰っていった。


「……領民が失礼した」


 戸を閉めながらレフタルが振り向く。やれやれとでも言いたげに眉間を押さえた。


「彼らには次に来るまでに研究倫理を叩き込んでおく」


「ああ……」


 俺は小さく頷いた。少し不安になったが悪い人達ではなさそうだ。おそらく。


 ベルロードがカーテンをめくる。すでに日は沈んでいて、外はもうすっかり夜になっていた。


「……そろそろ帰りましょうか。カナト、動ける?」


 ベッドの中で身体を動かす。痛みは残っているが、問題なく動けそうだ。ベッドから出ると、レフタルがドアノブに手をかけた。


「それでは、次回からもよろしく頼む」


 レフタルが口を噤んで、少しだけ視線を動かした。



「最後に聞きたいことがある。キミは聖国にある学園という施設を知っているか?」


 一瞬、口端がひくりと動く。


「……知らないな」


 跳ねた心臓を隠すように、首を振った。「そうか」とレフタルは頷くと扉を開けた。

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